ひぃーまた1年経っている

⁽⁽꜀(:3꜂ ꜆)꜄⁾⁾ジタバタ


心は半年くらいの感覚なんだが

振り返ると一年(毎度言ってるこれʕ̡̢̡ʘ̅͟͜͡ʘ̲̅ʔ̢̡̢)



どうしてこんなに時間が過ぎるのが早くなってしまったのか煽り




世の中の時計🕰️の回るスピードが国家単位で早められているのではないか?まである真顔キリッ




お久しぶりです

チッキです

(∩´・ω・`)⊃ シュッ



単純に「国家単位」というワードが何となくかっこいいから使ってみたかっただけですはい真顔フッ



早いものでなのか

遅いものでなのか

ちょっとよくわかんない感覚だけど(わからんのかい)



私がタチの悪い癌太郎になってからもう4年が過ぎました。




つまり術後3年半です。




私の癌太郎はトリプルネガティブという



ダブルパンチ以上のネガティブなできもん(というイメージ。あくまでもイメージなだけで本当はそういう語源では無い)



にやられて



このタイプの癌太郎は

暴れん坊で予後が悪く再発率も高く生存率も低い、進行具合も早く抗がん剤しか効かない



「なったらおしまい」

みたいなイメージ



告知された時の地面が天井に

天井が地面に行くような(どないやねん)



簡単に言うと絶望感



は本当に、生まれて初めて感じた感覚だったことを今でも鮮明に思い出す。



ステージ3C


リンパ節転移が13個(だったよね?忘れた  笑)


癌太郎の大きさは7.4センチ



更に扁平上皮癌という



1,000人に1人という希少癌で(まぁ微妙に大したことないけど笑い泣き

10万人とかじゃないんだ?って感じだが




当時は本当に震えた。




ちなみに今言われても震える笑




あれから特に強くも賢くも何ともなってません笑い泣きWHY?



ちょっと性格悪くなったかな?程度

w





でも!今回の検査結果も無事クリア!




そして主治医がいうのです。





🧑‍⚕️「本当に不思議です。もう術後3年以上が経過しているのに再発してこない…」




と。




こっちからしたら


え。もう一回言って?

(   ˙ロ˙   )??



です。


だってそのために治療を頑張ってきたのに再発しなくてよかったですね!ではなくて再発してこなきゃおかしいみたいな言い方するからムキー




でもよくよく聞くと



トリネガ、扁平上皮癌、ステージ3Cと暴れん坊が揃ったこの状況では



1年から1年半後にはほぼ100パー再発してくるだろうと予測していた。



というわけですよ

_( 、´-`)ノやめてー




🧑‍⚕️「なのに再発してこない😯」




と言うのです。




悪気は無いんだけどね彼。




でもなんか天然なノンデリなんだよね真顔にっこり頭いい人にありがちだよねコミュ障。まぁいいけど。





で、Dr.的に(でもドクターズファイルに載るくらいの名医なのこの人)あまりに不思議なのでよーく治療経過などを振り返って分析してみたとのこと。



その結果



私は治療後半に放射線のせいで免疫機能が暴走して、自分の免疫が甲状腺を攻撃して甲状腺を壊したことがあって




そのせいで死にそうなほどに苦しんだんだが







どうやらその時に自己免疫が大暴れして甲状腺と共に徹底的に癌細胞まで攻撃してくれたのではないか?と。



つまり、本来なら再発時に使うキートルーダ(免疫チェックポイント阻害薬)の代わりを果たしてしまったのではないか?と



つまり、チッキさんの治療は



点滴の抗がん剤前半後半➡︎手術➡︎放射線➡︎経口抗がん剤➡︎免疫チェックポイント阻害薬



をした。と言うことになったために癌細胞を破壊できたのかもしれません🧑‍⚕️言ってしまえば奇跡ですね



と。



そんな事ある?滝汗




実際症例のない事だからわからないけどそう予測しますとのこと。




すごく喜ばしいけど

何だか恐ろしい



自己免疫が癌細胞を殺すほどに攻撃した



でも同時にその時私自身のことも攻撃していた



紙一重だった(;̦̦̦̦̦̦̦̦ↂ⃝⃓⃙⃚⃘дↂ⃝⃓⃙⃚⃘;̦̦̦̦̦̦̦̦)




しかし再発率が高過ぎる癌太郎を殺してくれたなら本当に嬉しいことだ




自分を攻撃したとて今生きてるのが事実だし




甲状腺も今となっては落ち着いて薬は飲んでいないし



全てがギリギリだったんだなぁとつくづく思う泣くうさぎ





でもギリギリ助かった




もうそれでいいえーんありがとう




とは言え半年に一回の検査がまだあと一年半あるのでおそらく全然安心してないんだと思うDr.的に笑い泣きいつまで続くのこの感覚🤦🏼‍♀️




それからいい報告ばかりでは無い



ここで知り合った右胸乳がん扁平上皮癌、ステージ3C、リンパ節の転移の数、癌そのものの大きさ、年齢そのほとんどがほぼ同じ方がいた。



私より半年遅れて癌が見つかった人だった。



乳がん扁平上皮癌は周りにほとんどいなくてこのAmebaでも私を入れてたった3人しかいなかったから当時心強いと手を取り合うような気分で夢中で話をした記憶がある。




その方はゼローダ(経口抗がん剤)の途中から癌が大きくなってきて



そして先日亡くなった。




最期までただの一度も弱音や愚痴を吐いたところをブログですら見たことがない



普通に、ただただ普通に過ごしてた。




癌だということを忘れるくらいに




それで亡くなる1ヶ月くらい前までもうだめなんだな感を一切出さずにひっそりと幕を閉じた。




強い。そして優しい。



人に恐怖を与えず



自分だけでその恐怖と孤独を飲み込んで逝った。




尊敬する。



そして賛える。



私には真似ができないから。




ガン太郎に限らず大病すると「普通」がいかに難しい事なのかを知る




普通にただ生きるだけのことがこんなにも尊く、奇跡で難しいものなのか身を持って知る。




彼女は最期まで普通を貫いた

尊敬すべき存在である。



彼女の分まで生きよう!とは特に思わない。「誰かの分まで」とかおこがましいから。



彼女の分は彼女のものだから。



私は私の生きる分だけ生きる




強くないしかっこよくもないし

未だに震えるような想いの日もあるけど



私の分だけ生きる。



体も病気になる前のようには動かない。髪も病気になる前ほどには戻らない。



生理も化学閉経したんだと思う。




体力も前と同じにはならない




それでも生きる。



今は朝から晩迄週5で普通に働いてる。これが当時の私にはどれほどのことなのか絶望していた私には想像もつかなかった。




あの頃の私へ。




大丈夫、あなたは数々の困難を乗り越えて生き残る。大丈夫。




結果よければすべてよし!

(     °◊°   )



さて次回は4年目でブログ書けたら書きたいと思います。



それまでお互い元気でいましょう₍₍ 🤝 ⁾⁾