よく聞く言葉…どうにもならない事をくよくよ考えてしまいそうな時によく私も心でつぶやくものがいくつかある。
その中のひとつが
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『まかぬ種は生えぬ まいた種は必ず生える』
『仕方なや まいた種なら 生えるもの』
とは言え…わたしなんかは生まれて間もなくへその緒がついた状態で置き去りにされた訳で…わたしが何かしましたか?と言いたくもなってしまうこともあるのだけれど…
風に飛んできた種がそこに芽吹いてしまうこともあるように誰かが蒔いた種があるからこその結果でもあろうと思う。
複雑に絡み合う様々な事象が重なり原因と結果も複雑に枝分かれしていく…
自分ではどうにもならない大きな力が働くこともあるだろう…
とはいえ、その大きな時の流れの中で、昔のわたしが選んだ道の結果が今であるように…
今、この時の選択が明日を変えていくんだと思うと日々の選択がとても大切に思える。
少し話は変わるがスケープゴートの理論というのを『友だち幻想』という本の中で言葉として知った時にふと思い出したのは小学校時代に漠然と感じ取っていたこと…そして小学校4年生の不登校時に…
学校休んでたら、その間にどんなこと言われるかわからないし…いない人の事をみんな悪くいうのは何なんだろう…などと思った末に5年生からは1日も休まないという選択をしたことがある。
スケープゴートの理論は社会学の考え方であり
以下本の中からそのまま抜粋すると
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「スケープゴート」というのは、そもそも旧約聖書の中に出てくる、贖罪用の山羊のことです。旧約聖書の時代には、人間の罪を山羊に背負わせて荒野に放す、という宗教的な儀式がありました。つまり生贄ですね。そこから転じて、人々の憎悪や不安、猜疑心などを、一つの対象(個人や集団)に転嫁して、矛先をそらせてしまうことを、「◯◯をスケープゴートにする」などと言います。
これは、第三者(=ここにいない、私とあなたそれ以外の人のこと)を排除することによって、その場の「あなたと私の親しさを確認しあう」ということなのです。A子さんとB子さんがいたとして、そこにいないC子さんの悪口を言って盛り上がることによって、A子さんとB子さんは、その場の親しさを再確認しているわけです。こういうことは、よくあることなのです。
けれど、こうした振舞いは、この二人に新たな不安を引き起こしがちなのです。その不安というのは、今度はいつ自分が排除される側にまわるかわからないということです。
***ー友だち幻想的ー菅野仁 著
集団心理でありがちなこの現象に幼い頃の私は違和感を感じていたのだろうなと思う。
HSPであれば、よく内省し分析して物事を考える…俯瞰した眼を持つ方が多いので同調圧力的なものやスケープゴートにも強い違和感を感じやすいのではないかなと改めて感じるがどうなんだろう…
昨日の浦安で開催したHSPワークショップでいろいろ話を伺えたので…今日も思考がフル回転…HSP同士の会話がもたらす化学反応はいつも良い刺激になる