ここ数年、心優しい理系くんたちや、カウンセラーやセラビストさん達、コーチングスキルのある人の中にばかりいたので、

私のような複雑な生い立ちを持っていて、内向型であったり人付き合いも不器用な私であっても、誰も否定的ではなく、受け入れてくれる人ばかりだったから つい気が緩んで心のガードが緩んでいた。

多くの人たちは さほど許容量が広いわけではないということを忘れてはいないつもりだったけれど。

幸せそうな微笑みと一緒に、柔らかそうな言葉たちが私の心に突き刺さる。
それぞれがいい人たちではあるのだけれども。

何気なくDV離婚だった話になり、「その人は虐待を受けていたりしたんじゃない? よく自分がそういう目にあうとそれを人にもしてしまうって言うでしょ」何気なく言っているであろうその言葉にフラッシュバックするたくさんの言葉 出来事・・・・。
忘れかけていた冷たい凍えるような想い。

若い頃、冷たい手をしていた私に養母が言った言葉
「手が冷たい子は心も冷たいっていうよ。本当に冷たい子なんだね。」甘え方を知らない私に投げかけられた冷たい言葉。
捨て子のくせに・・・そう言われるたびに 子を捨てるような親の血が流れる私は子どもを産んだら捨てるのだろうか。。そんな血は私で絶たなければいけないと思っていた幼い頃。
そんな養親でも気に入られたくて一生懸命役立つように頑張っていた

竹の枕で殴られ、お気に入りの服は目の前で引きちぎられ・・そんな育ち方の私は子を殴る親になるのだろうか?


でもね・・本当の痛みを知っていたら、そんなことは出来やしない。
本当の怖さ、本当の寂しさを知っていたら、そんなことは出来やしない。

何もわかってやしない・・・幸せな人たち。
本当に甘える相手や伝えたい相手がいなければ
グレることだって出来やしない
生きていくのに精一杯なんだってこと
全く愛を知らないから羨むことすらできやしない

人はみんな冷たいものさ
そんな紗に構えていた私
それでも愛が欲しくて
愛に飢えていて
犠牲になること=必要とされているって勘違いしていた私
心の中で震えながら 平然とした顔で生きていた私がザワザワとよみがえってきそうになる


常識がない人が多いとか・・そんな言葉にも反応してしまう。
常識ってなんだろう。あなたの常識と ほかの誰かの常識は違うのだから
気になることは伝えながら互いに寄り添っていくしかないと思う。

知らないことは教えてあげればいい
知らないことは教えてもらえばいい


人にはそれぞれ生きてきた道があり
そこにはその人にしかわからない想いが詰まっているのだから


ありきたりの会話に心から楽しめない自分が寂しいような気もするけれど
他人をあざ笑うような話・・・笑えないし笑えないままでいいと思う


捨て子だし・・虐待受けているし
アル中だった養父母のもとで育ち世間の一般的な常識も知らずに育ってきたけれど
DVを受け離婚もして
シングルマザーだし
引っ込み思案だし

世間的にはかなりな標的になりそうな生い立ち&環境だけれど

それでも私は生涯をセラピストとしてカウンセラーとして世の中に貢献していきたいと思っている
誰かの為に役立つこと
それがなければ私が産まれてきた意味がわからくなってしまう
親に望まれず産まれた私の生きる道

出来事には必ず意味があるのだと信じていたい