振り返ってみると・・・ほんと茨の道だった


産まれて一週間もたたないうちに捨てられて・・・


酒乱の養父母・・・何かと言うと捨て子の癖にとののしる養母。


身だしなみを気にかけてくれる人もなく・・きたならしく暗かった小学校時代。半年以上学校に行かなくても・・誰も気づかない・・・。夜になっても誰もいない家。


当然のようないじめ。



道端の草花をみつめ・・・いきあてもなくさまよう。まだあどけないはずの頃のわたし。


辛さから逃れるように・・むさぼるように読んだ図書室の本。

読書で私の感性は荒れた生活の中でもキラキラと夢を描くことを忘れずにいられた。 

いつか・・・見返してやるって・・最初はそんな感じの気持ちだったけれど・・・



そして・・・


たまたま神様はわたしに、とっても能天気で楽天的な心を授けてくださった。


どんな道でも楽しむことができる力。悲劇のヒロインになりきったりしながら・・・妄想の世界を遊んだりしながら。

わたしは心のバランスをとり続けた。


傍から見たら地獄のようでも・・・私にとっては産まれてから他の世界を知らないのだから・・当たり前の日々でしかなく、 野の花と戯れ、野良猫や野良犬(当時はまだたくさんいた)たち、みんな私の友達だった。


お日様に照らされながら・・・ずいぶん空き地をうろちょろしたものだ。




愛情に飢えた心は、すぐに人を信じる。

愛されたくて 一生懸命頑張りすぎる大人びた子ども。甘えることを知らない・・可愛げのない子どもにしか見えなかっただろう。


一途に信じる人を人は裏切れないものだ・・・そう今でも信じていたいが・・・人は優しく・・・そしてとても残酷だったりもする。


すがりつく手をつかんでくれる手は少ない。

親友だと思っていた友達も・・・本当に苦しく辛いときには助けてはくれなかった。それでも今でも友達だ・・・。

期待しなければそれほど失望もしなくてすむ。

そんなものさ、世の中なんて。なんて嘘ぶきながら生きてきた




遠慮なく心のおくまで引き裂く茨に、 すべてを閉ざして生きていた日々もある。


誰も助けてくれないのだから・・・ひたすら痛みは・・・なかっかことにするしかない。


幼少時代も・・・その後の結婚生活も、わたしにとっては更に古傷をほじくりかえすような苦しみだったけれども。

ののしる人、怒鳴る人、威圧的な人。そんなものからすべて開放された今。


私の心に鎖のように絡みついていた養父母の存在もなくなり、元旦那の鉛の錘のような存在もなくなり、今、精神的に凄く開放され、子ども時代からやり直しているような無邪気な自分がいる。



どんな道であろうとも・・・日は必ず昇るし・・花は咲く。

寒い冬の道も・・・ずっと歩けば身体がぽかぽかあったまる。


優しい気持ちを忘れなければ・・・いつか優しさに包まれるものだ。


無財の七布施・・・昔何かで読んで手帳に書き付けた 言葉

1.眼施(げんせ)優しい愛情の有る目で相手を見る
2.和顔悦色施(わがんえつじきせ)穏やかで微笑みを讃える顔でいる
3.言辞施(げんじせ)一言一言に注意を払い、思いやりのある言葉をかける
4.身施(しんせ)自らの身体を使って相手に尽くす事
5.心施(しんせ)相手に対する思いやりの心配り・気配り
6.床座施(しょうざせ)場所や席を人に譲る
7.房舎施(ぼうしゃせ)身の回りを綺麗にする。

たとえ財産がなくともできる施し。
仏教用語ではあるけれど・・・
普段だれでもが心がけることができる小さな幸せへの道だと感じてメモした記憶がある。

笑顔を向け、愛や感謝の気持ちををあらわしたり。
励ましの言葉をかけたり、理解しようという努力。
やさしさで包みこむ力。

そんなことを意識して生きてきたような気がする


私自身が・・・かけてもらえなかった笑顔だけれど


私は微笑み続けたい。


身の回りを整理整頓・・・これはちょっと苦手なので・・・努力中。


幼い頃にめぐり合えなかった優しさに・・・今少しずつ包まれながら


日々 どんなことにでも幸せを見つけ、楽しみながら・・・これからも茨の道を歩いていく。


茨の道の先には広い野原が広がっているのかな・・・・