子どもたちと私たちだけのアパート暮らし。

夏休みだったこともあり 子どもたちものんびり過ごす・・・。末の娘がヘソの尾のついたままの子猫を拾ってきたのもこのときだ。


全部面倒見るからと・・当時中学一年だった息子が夏休みの間4時間おきにミルクをあげたり下の世話等をマメにしていた。この黒猫は・・息子を母だと思って人間のような性格に育った。

つい最近まで我が家の一員だった。

あちこち転々と逃げる私たちと一緒に・・車の移動も平気で、新しい環境にもすぐ慣れるつわものだった。

声はめちゃくちゃ優しく可愛いのにオヤジ顔のクロ。


夏休みも明け、新しい学校へ通いだした子どもたち。

すぐに友達もでき、アパートにお友達が誘いにきたり・・こどもって凄い。


運動会の練習がはじまり・・・・秋の気配が近づいてきた頃。


とうとう見つかってしまった。

教育委員会から街の名前まで聞き出した旦那は・・一軒一軒確かめながらさがしだしていたのだ。


たまたま・・・息子の自転車がアパートの部屋の前に出したままに・・そして運悪く私も帰宅したばかりで、すぐにまた子どもたちと買い物に出ようと鍵をかけていなかった。

いきなり開け放たれたドア・・・


旦那が立っていた。


私も今度ばかりは絶対にもどらないと・・がんばっていた。

息子の中学のズボンが吊り下げられているのを見て、他の男のものだと勘違いするような旦那。

気持ち悪い・・正直そう思った。

毎日のように来る。

嫌がらせが続く。



そして学校にも・・・



運動会当日・・・思い出しても悪夢のようだ。

子どもたちがたくさんいる中、わめきまわる旦那。

子どもには聞かせられないようなこと、ありえないようなことを妄想し叫びまくる。


もう無理だ・・・このまま子どもたちもここには通えない。

警察も・・まだ民事扱いで介入してくれない。


一度・・観念した振りをして、戻ることにした。

DV法が成立するまであと2ヵ月弱の頃だった。

成立した日が・・・最後の戦いの時だと心に決意し。


戻ったものの、私の荷物等は捨てられていた。

本当にやり直したい気持ちじゃなかったのだろう・・・。ただの執念だ。


そして更に過酷な日々がまっていた。

恨みを晴らすように・・飲むたびに暴力をふるい・・・逃げ出した髪をつかみ道路を引きずり戻されたりもした。

勝手に男がいたから家をでたんだろうと汚い嫉妬心で穢れているからと風呂場で痛いくらいに身体を洗われたり・・・・怖くて鍵をかけて入るようになるとガラス戸だったのだが竹刀で割られた。

破片が飛び散り、刺さり温まった身体から流れ出す血で湯船が赤く染まった。


それを見てしまった息子の顔・・・。


私も怖いので荒れだすと家から逃げ出す。

裸足で飛び出し、家の裏の川の土手をさまよったこともある。冷たい冬だった。

子どもたちが2階の窓から上着や靴を袋に入れて投げてくれたこともあったな。

酔いがさめて仕事にいってしまう明け方まで・・寒さに震え川の流れをみていた。

もどってもどうせ鍵は閉められている。

もう少し・・・あと少し。いくあてのないわたしに

は法律の成立しか頼みの綱がなかった。


お金も管理され車も動かないようにされていた。ヒューズをいじられているのはわかっていたが

いざという日の為に知らぬふり。はめれば使えるはず。


夜がくるのが怖かった。

ほんとうに・・・辛かった。

こんな日の為に13年間も一緒に暮らしてきたのだろうか・・・わたしは。


身の危険も感じていて、私が助けてと叫んだら警察を呼んでと息子に頼んであった。

警察は介入してはくれないが、来てくれればとりあえずは一時しのぎになる。

ドアの内側で熱湯をかけられていたときも・・・ドアを蹴破ってまでは止めてくれなかった。

ただ・・あけなさいと連呼するだけの警察。助けてと虚しく響く自分の声


もうこの頃のことはあまりにひどすぎてほとんどのことは記憶の彼方に消えている。


辛すぎることは覚えていられないのだろう。


うまくできているものだ。


ただ、痛みと恐怖感・・・そんなものは身体に染み込むように・・・焼き付いている。




今はだいぶ良くなってきた。

DVシェルターや公的保護施設を一時的に利用して全く離れた地に飛ばしてもらうこともできるようだ。



自由な時間があるのなら、はやめに地元の相談窓口に相談し情報をしっかり集めておくといいと思う。

親身になってくれる相談員にも必ずめぐり合えると信じて。必死で望めば道は開けていくから。

 

私は・・・自分の住む地での保護命令が発令された一人目。

まだ、法律ができただけでシェルターなどもできていなくて、役所の人たちも何がなにやらわかっていない状態。

手探り状態での戦いになってしまった。

避難場所すらなく・・・裏の人たちの助けがなければ・・・裁判にすらたどり着けなかったかもしれない。


今は、シェルター等に一時避難して、ゆっくり離婚に向けて頑張っていけばいい。

子どもが大きくなってくると学校の転校等難しくなってくるので・・本当に悩んでいるのなら、子どもが小さいときのほうが動きやすい。子どもが大きくなってからなんて思っていると手遅れになる場合もある。

幼い心に落とす影。

母を守れなかったと自分を責めたり、人間不信になったり。


一度決意したのなら私がいないとあの人は駄目だから・・・などとつい情に流されもどらないで。

すべてが無駄になってしまう。

あの人はあの人なりに・・・わたしがいなくても・・また次の人を見つけられるのだ。

そしてわたしも・・・いずれ・・また愛する人とめぐり合っていくものだ。

一番大切なのは・・・子どもたちにこれ以上母がいじめられる姿を見せないことかもしれない。

顔色をみて生活する日々は様々な影をおとす・・・


私も酒乱の養父母に育てられたが・・・やはり心は相当ひねくれて育ってしまった。

世の中に斜にかまえ生きている偏屈な人間だ。



ちなみに我が家の娘たちには結婚願望が欠如している。若いせいもあるが・・結婚が幸せと結びつかないのだろう。悪い見本をみせてしまったものだ。申し訳なく思う。


子どもが幼なくフルタイムで働き出すのが難しければ生活保護などの制度もある。自立を援助する為の制度。

負い目を感じる必要はない。

緊張した暮らしを強いられてきた人が、ゆっくり休養できる時間を持つことは次のステップに向かうために必要なこと。その中で少しずつキャリアアップしていけばいい。



ほんとうにそう思う。


どんなに頑張っても・・・どうしても寄り添えない場合もあるのだ。


我慢が足りないとか・・・そんなことではなく・・・



多少の暴力も愛情があれば・・なんて歪んだ心が見せる幻。

本当の愛に暴力はいらない。