無一文で家を逃げ出した私と子どもたちを好意で泊めてくれたビジネスホテルでの夜が明けた。
部屋のテレビをつけたら
一面の火の海が映し出される。
阪神大震災の映像だった・・今でも目に焼きついている。
まず・・郵便局の開くのを待ち、息子の学資保険を解約して現金を手にする。
そして市役所めざし歩き出す。ベビーカーに詰め込んだ子どもたちの衣服。
小1の長男と3歳の長女をつれて・・次女をおんぶして2時間くらいかかっただろうか。
幼い足では・・そんなに歩けるわけもなく。それでも一生懸命歩く健気な姿に涙が出そうになる。
高台にある市役所。駅からも遠く、バスも1日に数本。
車のない人には不便な場所。弱者に優しくない世の中だ。
ようやく市役所につき、婦人児童課だろうか・・課の名前は忘れてしまったが、そこで担当の人にいろいろと状況を説明し相談にのってもらう。
当時の担当の方は本当に優しい方で、もう引退されてしまったが、お腹をすかせた私たちに役所の食堂でご飯をご馳走してくれた。
この方は一度連れ戻されてしまった後も何度も電話を入れてきてくれて心配してくれた。年配の女の方で、感謝している。
そしてただでも住める母子寮もあるが、そこでの生活をみていると乱れていって駄目になる人も多いからとゴルフ場の母子寮をすすめられる。
そのままゴルフ場まで車で連れていってくれた。
まだ寒い季節。山の中をドンドン進む車に・・少し不安を感じた気もするが・・
これで・・旦那から逃げられると思うと安堵に身体の力が抜けていくような感じがした。
そして、寮にも役所の方は どこから集めたのか防災頭巾やノート 簡単な布団 食器あれこれ持ってきてくれた。
持ってきた布団にくるまって子どもたちと眠る。かなり。。寒かった。
まずは布団を買わなきゃなと感じたような気がする。
夜になると真っ暗になる凄い山の中だった。
小学校の転校も偽名を使うことをすすめられ、違う苗字で息子は通うことになる。
私も偽名で勤める。5年逃げ延びれば離婚できるということだった。
初めてのキャディの仕事。
朝早くに娘たちを託児所に預けるのに心が痛んだ。
まだ一歳前の次女は 私が迎えにいくとまだあんまり立てないのに一生懸命立ち上がってはしりもちをつきを繰り返し喜ぶ。長女も初めての託児所で歌を歌って一生懸命明るくふるまっていたようだ。
長男もランドセルを持たされたり微妙に転校生いじめがある中 がんばって学校へ通う。
母子寮・・・荒れている人も多かった。部屋がめちゃくちゃになっている人や・・心の闇を抱えている人たちの集まり。
なんだかわからない宗教を熱心に勧める人や・・・。でもみんな懸命に生きていた。
雪が舞う中、ゴルフをやる人たち。。。凄いなぁ。寒かった日々。
後ろを振り返るとリスが走っていたり、託児所に向かうバスからはおサルの親子が見えたり。
カートも無く、歩く量も半端ではないし、普段のお買い物にも・・近所にスーパーとかあるわけでもなく。
あっという間に5kg減量できました。
それでも平穏な日々がしばらくは続く。
まさか・・役所関係から私の居所が旦那にばれてしまうとは思いもしなかった頃。
続きはまた・・