老後の楽しみにとっておいたLOVERS ROCKというレゲエのガイドブックをついに買

 

った。Amazonで3700円

 

 

 

禁断の書としてとっておいただけあって読んだ瞬間に夢中になり時間の感覚を忘れ

 

た。

 

 

 

私が22歳の頃(40年前)トロピカルという言葉がもてはやされサントリーのペンギ

 

ンズバーのCMで松田聖子のスウィート・メモリーズとかがTVのCMで流れてる時代が

 

あった。DON'T  KISS  ME  BABY~♪
 

 

そのころトロピカルと絡ませて夏のBGMとしてのレゲエが紹介されていて、何かのフ

 

ライヤーで見たシュガー・マイノットのグッド・シング・ゴーイングのアルバムを衝

 

動買いしたことが私がレゲエにのめり込むきっかけだった。

 

 

 

 

擦り切れるほどに聴き入っていたが、その曲がマイケルジャクソンのがカバーだった

 

ことはそれから30年後に知る。

 

 

今にして思うとボブマーリーの政治的な歌よりもこちらのスウィートでセクシーなレ

 

ゲエに若くして出会えたのはラッキーだった。

 

そのころ世の中にラヴァーズ・ロックという言葉はまだない。

 

 

ラヴァーズ・ロックは1970年代半ばロンドンのブリクスト地区で生まれたサウン

 

ドで本国ジャマイカのレゲエに比べると冷房の効いた部屋で聞くようなクールでキュ

 

ートなのが特徴だ。。

 

ジャマイカ、トリニダート・トバゴ、バルバトスなどの西インド諸島系移民がブリク

 

ストンにコミュニティを築きそこで流行ったクールでお洒落なレゲエがラヴァーズ・

 

ロックといえる。

 

本国ジャマイカのボブマーリーを中心とした政治的でアフリカ回帰主義をベースにし

 

たコンシャスなルーツレゲエを排除した当時ロンドンで流行っていたアメリカのソウ

 

ル・ミュージックのエッセンスを取り入れたラヴソング主体のスウィートなレゲエは

 

徐々に注目を集める。

 

 

のちにラヴァーズ・ロックの父と呼ばれる音楽プロデューサーのデニス・ボーウェル

 

(バルバトス生まれ)が1977年ブラウンシュガーをレーベル第1弾作品としてリ

 

リースします。

 

その後ラヴァーズの代名詞的存在にまでなったジャネット・ケイのSILLY GAMEの

 

プロヂュースを手掛け、ラヴァーズ・ロックのスタイルは本国ジャマイカでも人気を

 

博していきます。

 

 

 

また1980年代に入るとエンジニアのマッド・プロフェッサーがレーベ「ARIWA 

 

SOUND]を立ち上げラヴァーズ・ロックやダブを発信してゆきます。

 

 

日本ではラヴァーズ・ロックのイメージはARIWA SOUNDを重ねる人が多くUKラヴァ

 

ーズとして認知されるようになります。

 

 

小泉今日子のLA LA LAが最初のラヴァーズです。

 

中島美嘉の「接吻」もその界隈では有名です。

 

 

説明はネットから無断で抜粋したものだが、そのガイドブックを見て誰よりも

 

ラヴァーズ・ロックを追い求めて知ったつもりになっていたが、まだまだ上にゃ

 

上がILL的に知らない曲がわんさかあって興奮して眠れないほど夢中にむさぼり読ん

 

でいます。

 

 

言葉にすると安っぽくなっちゃうがあえて言うと

 

天国に一番近い音って感じですかね。

 

自分の中の乙女ロケット的なピュア・ロマンスというんですか?

 

本当にある時期の一定の期間に生まれた奇跡的で儚いサウンドなんです。

 

 

これを多くのひとに伝えるのが私の使命とも思ってます。

 

 

なので名曲の数々を事あるごとに発信していくつもりですので、

 

 

それは本年の抱負というということでよろしくお願いいたします。

 

 

やっとここに戻れました。