俺は今まで、ミュージシャンを中心にして本当にたくさんの方にお会いして、インタビューをしたり、撮影のディレクションをしたりしてきた。ミュージシャンの他に、歌手、俳優、芸能人、文化人、作家、芸術家、政治家、皇族、財界人……。そうした中で、アスリートというのはごくわずかである。それだけに印象的で、どの方も忘れることができない。この記事は、俺のウェブリブログに以前公開したものを少し推敲したものです。こういう形の記事もアメブロに少しずつ掲載していこうかなと思います。なかなか現在に近いものは守秘義務、道義的なものもあって掲載できないけど、ある程度時間が過ぎたものは、エピソードとして掲載できると思います。長いけど、もしよかったら読んでみてね。
レアルマドリードのメンバー5人にお会いしたのは7年くらい前だった。来日しているのは知っていたけど、まさか会うことになろうとは前日まで知る由もなかった。その夜、俺が仕事をいただいていた出版社のH嬢から電話がかかってきた。「急なんだけど、明日、レアルのメンバーの撮影取材してくれないかしら。ベッカムよ、ベッカム!」、彼女も興奮気味だった。断る理由もなく、もちろんふたつ返事で了解し、カメラマンの手配をした。カメラマンは俺が20年来一緒に仕事をしている有名カメラマン。こういう場合の準備は迅速だ。カメラマンのK氏はサザンオールスターズ、矢沢永吉さん、松任谷由実さん、長渕剛さんなどをはじめ、大物を平素撮っているカメラマン。撮影でもインタビューでもそうだが、相手が超大物になった場合、それに圧倒されないような布陣で臨むことがいい結果を生む。
K氏は急な依頼にも関わらず、すぐに快く了解してくれた。ちなみにこの急なセッティングには理由がある。SPが付くほどのVIPの場合、そのスケジュールは側近くらいにしか明かされない。ファンとの混乱を避けるということ、そしてもちろん警備上の問題である。さらに余談だが、俺は、翌々日にはH嬢と長崎ハウステンボスに出張し、ダビ・カルサード&チャランガ・アバネーラ、ハイラ・モンピエという今のキューバ音楽を代表するアーティストたちのインタビューをすることになっていた。朝7時半の飛行機をリザーブしていたが、レアルの取材は前夜の9時頃、おそらく1時間ほどで終わるということで、もちろん十分に余裕があった……。
翌日、つまりレアルマドリードの取材当日、俺たちは1時間くらい前に入った。場所は詳しくは言えないけど、都内某料理店。しかし実のところ、ベッカムとジダンは来るということは分かっていたが、全部で何人なのか、他に誰が来るのか、取材1時間前でも情報はなかった。これは胃が痛くなる。撮影というのは、人数によってロケーションもライティングも変わってくるし、それをディレクションする俺としては誰が来るかによって、どのように指示するかも変わってくるのである。刻々と情報が入ってきた。ソラリとラウルも来るらしい。カンビアッソとモリエンテスもいるらしい。他にアディダス・ジャパンCEOとスタッフ、レアルのスタッフも一緒らしい。ロナウドやロベカルなどブラジル勢は銀座に行っているらしいなどなど。
撮影はレアルのメンバーのみということで、予定時間30分くらい前にはようやく5人のメンバーが来るということが分かった。ベッカム、ジダン、ラウル、ソラリ、カンビアッソ、モリエンテス。サッカー好きなら、垂涎のメンバーだろう。えっ? 来客メンバーは5人と聞いていたが、6人の名前が伝わってきていた。俺はどの情報が正しいのか分からなかった。誰も分からなかった。そしてさらに、ここにきて俺は重要なことに気がついた。ベッカム、ジダン、ラウルの顔は分かっても、ソラリ、カンビアッソ、モリエンテスの顔を俺は知らなかった。まさか「失礼ですが、あなたはどなたですか?」なんてことを聞くわけにもいかない。これも誰も分かっていなかった。取材陣、お店側のスタッフも同じレベルだった。特に俺は名前と顔が一致していないとまずい。必要に応じて、撮影の段取りを説明したり、その際には名前を言って立ち位置、座り位置などを指示しなければならない。
お店のプレスの方に協力していただいて、早急にPCでレアルのサイトにアクセスしてメンバーの写真と名前をプリントアウトしていただいた。これはコピーして撮影スタッフやアテンドするお店の方にも配られた。そうこうしているうちに、総支配人がミーティングを行うという。取材陣も呼ばれた。これは異例である。俺は長年、さまざまな人の取材をしてきたが、お店の方のミーティングに混ざったの初めてだった。その時、「レアルのメンバー、30分遅れます」という大きな声がした。お店のスタッフだった。こういう状況では、現場はいい意味での緊張感に溢れている。それぞれが持ち場でキリキリと仕事をしている。全員がプロフェッショナルである。
総支配人のミーティングの主旨はこういうものだった。
「ベッカムを特別扱いしないようにとのことです。彼は今、レアルマドリードに移籍したばかりで、とにかくメンバーとの調和に気を遣っています。今回はチームとしての来日でもあるし、とにかく絶対にベッカムだけを特別扱いしないようにしてください。彼はそれを何よりも一番気にしているということです」
俺は、ベッカムの人となり、超一流スポーツ選手のマインドに少し触れた気がした。あのベッカムにしてメンバーに対する心配り。サッカーはチームワークが何よりも大切だということをベッカムが教えてくれていた。スーパースター軍団といえども、レアルマドリードの真の強さはここにある(最近はバルセロナのほうが強いけど)。
「分かりました。ということはベッカムをピンで撮ってはいけないわけですね。もし撮る場合は、他のメンバーもピンで撮るということでいいでしょうか」
「OKです。ただそれほど時間がないと思いますけど」
俺は撮影の段取りをH嬢とカメラマンと話し合った。大ざっぱに言うと、メンバーたちは個室で食事するのだが(スタッフも含め)、その前にラウンジでキメの集合写真を3カットくらい。個室に移動するメンバーたちも撮りながら、個室で食事が出る前にスナップのようにして3カットくらい。時間があれば個々にピンでも撮る。しかしここで問題があった。個室での撮影はいいとして、ラウンジには他のお客さんがいる。幸いラウンジでテーブルを囲んで座っていたのは1卓。これから以降の予約は入れていないとのこと。彼ら彼女らは5人くらいで話し込んでいた。たしかその中にお洒落な妙齢の方が3人くらいいたと思う。彼女たちが「キャー! ベッカム!」とか言って、携帯電話か何かで撮影し出したりしたらまずい。これはどうすることもできない。あまり大袈裟に撮影せずに、気づかれないように粛々とやるしかない。ラッキーといえば、そのお客さんたちのテーブルは少し離れた場所だったので、上手くやれば気づかれない。
ドキドキしながらその時を待っていた。どのエレベーターを使い、どういう導線で来るかも問題だった。場合によっては段取りも変わる。臨機応変に対応しなければならない。SPとおぼしき大男たちが数人来た。いよいよである。現場に緊張感がみなぎる。少しだけザワザワっとした感じがして、彼らがやってきた。入口まで総支配人と迎える側のVIPが迎えに出て、段取りどおり彼らを撮影場所まで案内してきてくれた。メンバーはジダンを先頭に、ラウル、カンビアッソ、ソラリ、そしてベッカムの5人だった。この時点ではソラリなのかモリエンテスなのか、俺はまだよく分からなかったが、撮影の立ち位置などをカメラマンと指示しているうちに、ソラリだと分かった。
ジダンはさすがに風格があり、やや険しい表情だった。ベッカムも含め、他の4人は、こう言ってはなんだけれども、「カッコいい兄ちゃん」という感じで、それほどオーラのようなものは感じなかった。体格にしても、プロ野球選手のような太い腰周りやガッチリした体型というのではなく、彼らはちょっとしたモデルのようにスタイルがよかった。ファッションはというと、ベッカムはジーンズにTシャツというラフな装いで、他のメンバーも似たような感じ。ラウルはお洒落なこげ茶の眼鏡をかけてポロシャツにコットン・パンツ、ジダンはカジュアルなシャツにジーンズだった。ちなみにこの夜の取材は完全にプライベートであり、他のメディアはまったく知らないことだった。だから俺たちだけが取材できたことは千載一遇のことでもあった。
撮影は予定どおり進んだ。彼らはお腹が相当にすいているらしく、心ここにあらずという感じで、キメで3カットくらいを撮影し終わると、すたすたと個室のほうに歩いて行った。ここでもカメラマンは先に回ってその様子を撮っていた。俺はというと、メンバーたちと挨拶をひと言交わしたくらいで、何か気が抜けたような感じだった。ジダンはかなりお腹がすいていたらしく、それであまり機嫌がよろしくないということだった(笑)。またベッカムは「とりあえずハンバーガーを食べたい」ということで、お店の方は急いでハンバーガーを用意したらしい。ベッカムは、なんか少年のように可愛い感じだった。書いていて、今思ったけど、考えてみたら、一番貫禄のあるジダンにせよ、俺より10歳くらい下だったんだなぁと、改めて自分の器の小ささに茫然とする。ベッカムは15歳年下、同じ男としてこの差は一体なんだ!?(笑) 言い忘れたが、離れたところにいた他のお客さんは気づかれずにラウンジでの撮影はすんだ。これは上手くいった。
さて個室での撮影を始めようと、俺とカメラマンはメンバーたちの座り位置を決め、露出を計ったりしていた。すると突然、レアル側のスタッフから「撮影は終了」という厳しい言葉が告げられた。どうしようもなかった。俺たちの不手際ではなく、つまり彼らには本当に貴重なプライベート、「ゆっくり食事させてほしい」ということらしい。もちろんメンバーたちからの直接の言葉ではない。ソラリはカメラマンと「このカメラ、どこに売っているの?」「秋葉原に行くといいよ」などと楽しく話していたし、俺も会話に加わったりもした。しかしとにかく食事が優先ということで、俺たちは遣る方なく個室から退室した。
ラウンジのソファで、緊張の後に来る弛緩、グデッとしていると、総支配人にポンと肩を叩かれ「どう、いい写真撮れた?」と聞かれた。俺は本当のところ、まったく満足していなかったので、「できればあともう少し撮影をお願いできませんか?」と言った。言ってみるものである、総支配人からレアル側に要望は伝わり、そしてOKが出た。「食事が終わった後で、少しなら」ということだった。ただし食事の終了時間は未定だった。ここから俺とH嬢とカメラマンと総支配人の長い夜が始まるのである。
時間はどんどん過ぎていった。個室でサーブしたり料理したりする実作業の人を除いて、他のスタッフは全員帰った。ラウンジには俺たち取材陣と総支配人だけ。実は取材陣と称して、他にもギャラリーが俺たちに同行していたのだが彼らもすべて帰った。いつ食事が終わるとも限らないので、常にスタンバイ状態で俺たちは待っていた。コーヒーを飲んで雑談をしていた。個室からは陽気な笑い声が聞こえてくる。時間は午前0時をとっくに過ぎていた。個室のほうからの情報では、すでにメイン料理は食べ終えているので、もう少しということだった。しかし、ふと個室のほうを見やると、ソムリエが小走りにワインを持って部屋に入って行くところだった。俺は内心「まだ飲むんだぁ!」と思った。結局、食事が終わったのは午前1時半くらいだった。
さぁ、撮影と思った。メンバーたちはかなり上機嫌だった。空腹も満たされ、それにワインもたくさん飲んだだろうしね。それと、俺たちがずっと待っていたことにも、言葉にせずとも少なからず驚いていたようで、とても好意的に撮影に応じてくれた。今に思えば、俺たちもプロ根性があったと自負している。メンバーたちは最初に撮影した時とは比べようもないほど、リラックスした表情だった。レアル側からは1~2カットと言われたが、メンバーたちがどんどんノッてしまい、カメラマンは何度もシャッターを切った。「カシャ、カシャ」と心地いい音が響いていた。そして俺はカメラマンとアイコンタクトを取り、全員に「撮影の終了」を告げた。「お疲れ様でした!」と俺が言うと、彼らはニッコリと笑顔で応えてくれた。
それからは「Thank you so much!」だの「Thank you very much!」だの、そんなことをメンバーたちと言い合った。彼らはベッカムのことを「ベック」とか「ベッキー」とか呼んでいた。俺がラウルやソラリ、ジダンやカンビアッソなどと握手をしていると、横からベッカムが「Thank you so much!」と言って、この俺と、こんな俺と握手しようと手を伸ばしてきた。ベッカムと向かい合い、目が合った。笑いながら互いに硬く握手をして、「See you!」と言い合った。柔らかい手の感触だった。彼から、彼のほうから「Thank you so much!」と言われたことが妙に嬉しかった。心から「Thank you Beck!」である。
すべてを終えてタクシーに乗り込んだのは午前2時半頃だった。H嬢とは「じゃ、あと数時間後に空港で」と苦笑して別れた。俺は、当時付き合っていた池袋の女性の家に行った。本当なら一緒に食事する約束だったのだ。俺はもうヘトヘトで、一刻も早くシャワーを浴びて眠りたかった。とはいえ、彼女とレアル取材の話をしたりして、結局、寝たのは5時くらいだったと思う。少し寝坊して起きた俺は、慌てて支度をして「じゃ、行ってくる!」と言って、早朝の池袋でタクシーを拾った。とても電車では間に合いそうもなかった。羽田まで飛ばしてもらって1時間そこそこで着いた。空港の出発ロビーには眠たげなH嬢がいた。
この後、キューバ音楽にどっぷりはまる取材となるのだけれど、これもまたとても面白いので、いつか「キューバ音楽」というテーマで書いてみたいと思う。