少し前になりますが、シアタートラムで上演された、長田育恵作・眞鍋卓嗣演出・俳優座『存在証明』を観てきました。
その後、二兎社の『狩場の悲劇』を観に行く予定だったんですが、体調を崩して行けなくなり、残念でした…
しばらくは思考力も衰えていて考えがまとまらなかったんですが、感想を書いておきたいと思います。
『存在証明』は、リーマン予想に挑んだケンブリッジ大学の数学者ハーディとリトルウッドを中心に、数学の真理を探究した者たちの軌跡と時空を超えた継承の物語。
理数系は全くダメな私ですが、数式を美しいと語る数学者の見ている世界には憧憬の念もあって、数学者の物語の舞台を観るのはけっこう好きなんですよね。
過去には、『Nf3Nf6』『博士の愛した数式』『ブレイキング・ザ・コード』などを観てきました。
まず、未だ解明されていない数学上の難問、リーマン予想とは?と調べてみたものの、私には理解できるわけもなかったんですが(笑)
今作品は、時と場所を自由に行き来する重層的な構成で、作者の豊かな想像力により人物像が鮮やかに立ち上がって面白く、いろいろなことが想起されて、見応えがありました。
以下、ネタバレありの感想です。
2025年11月10日(月)14時
シアタートラム
作・長田育恵
演出・眞鍋卓嗣
出演・志村史人 野々山貴之 山田貢央 森山智寛 宮川崇 山田定世 保 亜美 清水直子 椎名慧都 釜木美緒 河内浩 安藤みどり 松本征樹
ケンブリッジ大学の数学者、ハーディとリトルウッドは、ともにリーマン予想の解明に取り組み、37年間にわたって100近くの共同論文を発表していますが、二度の世界大戦をはさんで離散した後、手紙のやりとりで研究を続けていたとのこと。
離れていながら研究を続けるための4つの公理、というのも興味深く、それゆえ続けられたのだなあと思いました。
精神病院で働いているリトルウッドの娘のアン(保 亜美)が、入院患者のベリル(椎名慧都)が繰り返す謎の数字の解明を院長から依頼され、図書館に赴き、父親の残した手紙を読みはじめると、
一気に時空が飛び、ハーディ(志村史人)とリトルウッド(野々山貴之)のケンブリッジ大学での出会いから、二人でリーマン予想の解明を目指すことになった高揚が描かれましたが、やがて第一次世界大戦がはじまると、
リトルウッドの方は従軍して数学の知識を弾道計算などの戦争の道具として使い、
一方ハーディの方は、反戦の思いから大学に残って研究を続けることになり、二人は離れることになります。
この、ハーディとリトルウッドの性格の違い、国家観や信条の違い、前者は「純粋数学」を追求し、後者は「応用数学」を実践、などの二人の違いが際立って表現され、それぞれの人生の歩みがわかりやすくとても面白かった。
二人についてはあまり資料も残っていないようですが、その中からリアルな人間像を立ち上げた長田さんの想像力に感嘆しましたし、ハーディを演じた志村史人さん、リトルウッドを演じた野々山貴之さんも、まさにこんな人たちだったのでは、と思わせる演技がとてもよかったです。
また、学問の探究が軍事技術に寄与し、時に人間の生命を脅かす一方で、軍事技術の発展が科学技術の発展と生活の利便さに寄与している側面もあるというパラドックスを改めて感じたりもしました。
さらに、インドからやってきて共同で研究をすることになるラマヌジャン(山田貢央)や、ハーディとリトルウッドの教え子のアラン・チューリング(森山智寛)も登場し、数学史の一端を垣間見ることができました。
同時に、人種や性的志向への差別なども浮かび上がってきて、マイノリティの物語、という側面もありました。
ラマヌジャンとのエピソードは、それだけでひとつの物語ができるくらいで、実際『奇蹟がくれた数式』という映画にもなっているんですね。
ハーディとリトルウッドが、偏見にとらわれることなくラマヌジャンの才能を見出し、後に大きな成果をあげていったことには感銘を受けました。
また、図書館司書のジョーン(清水直子)が実はかつてアラン・チューリングと一緒にエニグマの解明にあたっていた、という大胆な設定も面白かったし、アンとジョーンが入院患者の数字の秘密を解明すべく協力するところは、バディものとしての楽しさもありました。
同時に当時の女性のおかれていた状況のシリアスさ、そこから殻を破って進もうとする姿に、こうした一歩が現代につながっていて今、私たちがその恩恵を受けている部分もあるのだな、と感じさせられました。
終盤、少し冗長に感じるところもありましたが、眞鍋卓嗣さんの演出では、三方の壁からセットがせり出してきて時代や空間をよりわかりやすいものにしており、時空が混在する展開でも混乱することなく観ることができました。
数学者の話では、よく数式を書くシーンが出てきますが、私、そのシーン観るの好きなんですよね(笑)
その演出方法もいろいろですが、今回、ハーディとリトルウッドが夢中になって数式を書いていくところ、なるほどそういう演出方法もあるのね、と思ったし、二人の高揚感が伝わってきて私もワクワクしました。
ハーディは、晩年、自殺を企てて失敗するんですが、最後に、リトルウッドがハーディのもとにやってきて、リトルウッドが提唱した奇跡に関する法則「リトルウッドの法則ー奇跡は1か月に1回の割合で誰にでも起こるー」を語りかけて終わるところは、救いを感じてよかったです。
入院患者の数字の秘密は素数に関するものでしたが、なぜ数学者は素数に魅入られ、その解明に挑むのでしょう。
もしかしたらそれは、人間の、あるいは宇宙の真理を解明しようとしている試みのひとつで、哲学や論理学、宗教学などの究極の目標はそれに収斂されるのかも…
そういった真理を追い求めること、また得られた知見を後の人々に継承していくこと、それこそが人間が存在することの証明なのではないか、と思ったりもしました。
普段、俳優座とはほとんどご縁がない私ですが、瀬戸山美咲作『PERFECT』、桑原裕子作『霧ぬけて』、長田育恵作『存在証明』と、今脂の乗っている女性作家たちの見応えのある作品を観ることができて、充実した観劇体験を送ることができました。
