10月後半から12月半ばまで、私は娘の受験でめちゃくちゃ忙しく、また受験の山が越えたところでそれまでの疲れが一気に出て、めちゃくちゃ体調が悪く、声がほぼ出なくなり、さらに仕事の忙しさも相まって全く余裕がなくなった。
娘の受験だけで言うと、それまで私は子どもの勉強にそこまで熱くなるという事はなかった。
私が母に勉強を半ば強制されていた、という過去の嫌な思い出の影響もある。
ただ簡単に言うと子どもの意志なしに私の意見だけを強く押しつけるということはしたくなかったからだ。
ただ、今回は最後の評価が出てくるテストを控えて娘は行きたい私立に1点足りない、もう少し上の私立にも3点足りないという状況だった。
公立にしてももう少し点数は足りないということは分かっていた。
娘に現状を話したらようやく本気になったようだった。
これは私の出番だと思った。
私はそれからほぼ1ヶ月ほど、毎日毎日一緒に勉強した。追い込みでは1日8時間つきっきりで暗記や説明に費やした。
それだけではなく、合間にやってくる課題じゃないけど出しといたら点数くれる評価物に関してはほぼ代筆までして全て拾い上げてやり尽くした。
結果、3点上げてきた。
一気に選択肢も広がって気持ちにも余裕が出たので、改めて候補の私立2校の見学と説明会に行って、3点上げたら入れる方の私立高校一本で行くことに、娘は自分で決めることが出来た。
頑張って手に入れた結果をもって、全く悔いのない選択ができたと心から思っているし、今だここだ、と時期を間違わずに手を出すことが出来た自分にもよくやったと思うことができた。
こういう事も勘がよくなってきたからかな、これも真理子さんのおかげかなと思っていた。
ただ、この代償?はとても大きくて、その後1ヶ月近くは風邪で声がほぼ出なくなり、咳き込みがすごくて、なかなか体調が戻らなくなった。
そんなこんながあり、この期間は週末も全く母に連絡はしなかった。
いろいろあるんだろうけど、それは構っている余裕はないし、自分で何とかするだろう、兄も近くにいることだし、と思っていた。