2024年12月31日、今年が今日で終わり。

6月以来ずっとお休みしていたが、覚えていることは記録しておきたいと思って久しぶりにブログを見てみた。


7月下旬のある日、夜に母から電話が掛かってきた。

私に強めに伝えたいことがありそうな雰囲気が漂っていた。

頭でシュミレーションしてきたんだろうなという予感がしていた。


内容はいつもの通りで、お父さんの代わりに自分を庇護してほしい、という風に私には受け取れた。

ただ、聞いているうちに我慢出来なくなってしまった。

それは母の言い方が癇に障ったからだ。電話している最中にもその言い方で私は煽られているな、という自覚はあった。

それでも我慢出来なかった。


それは、母がよく交流しているいとこによると、という出だしだった。

聞いた話だと、旦那さんが亡くなった奥さんには大抵家族や誰かがその人のケアをしてくれる人がいるという、母の場合は私がケアをしてほしいと。

たまに実家に帰ってきて話し相手になってほしいし、ごはん食べに行ったりもしてほしい。

そのための費用も出すから。と言うことだった。


私がまず思ったのは、人に聞いたことを鵜呑みにして、こちらのことを考えもしないでそのまま都合の良い話をしてきたな、ということ。

あとは、ケア、という言葉のいやらしさ。

私のケアをしてほしい、なんて、よく言えるなと思った。具体的に何が困っている、ってことじゃなく、私に関すること全てを引き受けてという風に聞こえる。


はっきりとそこまでは言えなかったが、私の機嫌が悪くなっていくことを感じたのか、何を頼みたいってことじゃない、ケアしてほしい、費用も出すから、あなたが忙しいのは分かっているから、と言う母。

だからケアってなに?問題が起きたらその度に相談には乗るよ。まるごと引き受けてほしい、みたいなのがおかしい。

と言う私。

最後は私もあまりにも冷たいと、母が取り乱してどうしようもなくなったのでこちらから電話を切った。


それから母は兄と義姉を呼び出して、私にひどいことを言われた、と散々訴えたらしい。

数日後、兄と義姉と私とで、電話してこれからのことを話し合った。

きっとこの先は長いから、長丁場だしムリしないように、ただ、私も兄も肉親だと言葉がキツくなってしまうから、、それは気をつけようと言う話になった。

義姉はいつも穏やかで優しい。

彼女が母に接してくれるやり方がそのまま私も出来るといいのだけど、と思った。