私は中高一貫の学校出身だ。多分中学生の頃のある日の家庭科の授業だったと思う。その日はブックカバーの刺繍を仕上げる日で、先生が「今日だけは立ち歩いてお互いに何を刺繍しているのか見せ合っていい」とおっしゃった。

私はあちこちの友達のところへ行っては、どんな刺繍をしているのか見て回った。

ところが授業の終わりに先生から「今日1番動いていたのは〇〇さんですね」と私の名前を言われた。べつに叱られた訳ではないのだが、なんとなく注意されたような気がしてバツが悪かったことを今でも覚えている。

考えてみればこの頃から私は人に対して好奇心いっぱいだったのだ。

古くからの友人には、私の現在の幅広い交友関係を見て「中学生の頃から少しも変わらないね」と笑われる。

私はこの交友関係の広さを少し恥ずかしいと思っていた。ほんとうは孤高の人に憧れていたのだ。群れずに1人でもいられる人そんな人を格好いいと思っていた。

ところが、薄々感じていたことが最近になってはっきりした。きっかけはネットでショーペンハウアーの言葉を見たことだった。彼は知性の高い人ほど群れることを好まず、孤独を愛すると説いている。

一方で知的能力の低い人ほど誰かと一緒にいようとする傾向があるという。

これでわかった。私が孤高の人に憧れていたわけが。ショーペンハウアーの言葉を知ってちょっとがっかりした。しかしよく考えてみれば、私は中学生の頃から友人が何を刺繍するかが気になっていたのだ。

孤高の人にあこがれながら、実際には人への好奇心を抑えられない。これが私なのだろう。