母が闘病&旅立って思ったのは


家族というのは、最初は不完全な集まりが

年月を経て、

みんなでいろいろ乗り越えて、

家族になっていく、ということ。


この数年、私たちは本当に、本当の家族で

良きチームでした。


私が幼い頃は、このチームに属するのが面倒くさくて

友達といるほうが楽しくて


家なんて、寝る場所ーというかんじでしたが


みんなで困難を乗り越えながら

お互いを信頼し、励ましあいながら

本当に家族になっていったかんじ。


よく、「ガンになって良かった」みたいに書いている本がありますが

決して、良いことではないです。

病気なんて、ないほうがいい。


でも、病気になったからこそ

見えることがあるのも事実。


人生には、ひとつの無駄もないって思いたい。

この悲しみも、私の人生に必要だったのだと思いたいです。


まだ未婚の私には、

今回のことを通して「結婚」のイメージが変わったように思います。


いつの日か、良きチームを築ける人と出会えるといいな。

初七日が終わり、

四十九日の日取りが決まり、

ちょっと余裕がでてきました。


参列してくださった方々が

「あとから寂しさがやってくる」と言ってましたが

これがうわさの、「脱力寂しさ」かも・・・


お母さんに、やれるべきことは全てやったと思ってましたが

冷静になると

あれもできた、これもできた。


もっと旅行に行けばよかった。


ブドウが食べたいって言ったとき、

もっと必死に探せばよかった。


いろいろな後悔がでてきました。


おかーさーーーん!!!

会いたいよ。


母の葬儀も終わり、ほっとしています。


明るくて、人当たりの良かった母の性格を現すように

参列者は300人を超え、

賑やかなお通夜になりました。


母が他界した瞬間から、

悲しむ間もなく、


「母の葬儀をどうするか?」

父との作戦会議がはじまりました。


葬儀なんて、面倒くさいと思ってましたが

こういったことがあって

いろいろ忙しいおかげで、人は悲しみを忘れることができるみたいです。

昔の人の知恵ですね。


なにしろ御葬式はお金がかかる!

入院費などで家計が圧迫されていたし、

ひっそりと「家族葬」にするか、という話しも出ましたが


人付き合いの多い我が家としては

普通のタイプのお葬式を選択しました。


結果としては、大正解でした。


本当にたくさんの方が母のために駆けつけて、泣いてくださり

ありがたかったです。


私の友人も、駆けつけてくれました。


こういうときに駆けつけてくれるのって、本当に心に沁みます。

冠婚葬祭は、ぜったいに大事にしたほうがいいです。


我が家は、東京の下町で

近所づきあいも多くて


こういうのも、子どもの頃は面倒で

うっとおしいと思ってましたが


今回、ご近所の方が、たくさん助けてくれて

気を使ってくれて、


親戚も皆、励まし、助けてくれて


人は、支えあい、助け合って生きているのねーと

今回、しみじみ思いました。


私も、周りになにかあったときには、全力で助けられる人になりますよ。お母さん。

と、母の写真に誓いました。


心配していた金銭的な問題は、最終的に

プラスマイナスゼロ。

お母さんが、最後まで私たちに心配をかけないように

たくさんの人を呼んでくれたのかもしれません。