今度はプーランクの合唱曲の本丸、アカペラ作品を聴いていきたいと思います。
前回ご紹介した管弦楽伴奏作品以外、器楽の伴奏がついた合唱曲は無く(ピアノ伴奏が1曲もない!)、残りは全部無伴奏。プーランクの合唱曲に対するこだわりを感じます。
全作品中、決して多くを占めてはいませんが(CD2枚分程度です)、たいへん重要な、傑作揃いのジャンルになります。
ひとまず作曲年代順に並べてみました。
⚪️は世俗的作品、⚫️は宗教的作品
⚪️酒飲み歌(1922)
ハーバード大学グリークラブ委嘱の小品で、男声合唱の戯れ歌です。
⚪️7つの歌(1936)
初めての本格的な合唱作品。詩は基本はエリュアールで、2曲だけアポリネールです。同時代の2人の詩人は、歌曲でも数多くの作品を提供しています。初演時は著作権の関係でアポリネールの詩が使えず、同級生の詩人ジャン・ノアンに詩を充ててもらったとのこと。
作曲に際してはモンテベルディの『マドリガル』を意識したのだそうです。
委嘱はリヨン合唱団の団長で、プーランクの知人筋です。
同業者のアンリ・ソーゲが褒めちぎった作品集です。
1. 白雪(アポリネール)
2. ほとんどゆがまずに(エリュアール)
3. 新しい夜のために(エリュアール)
4. すべての権利(エリュアール)
5. 美とそれに似たもの(エリュアール)
6. マリー(アポリネール)
7. 光る(エリュアール)
⚪️小さな声(1936)
児童合唱のために書かれた三部合唱の作品。ルーアール・ルロール社からの依頼でした。詩はベルギーの女流詩人マドレーヌ・レー。
1. 賢い女の子
2. 迷子の犬
3. 学校から帰る時
4. 病気の少年
5. ハリネズミ
⚫️ミサ曲 ト長調(1937)
初のアカペラによる宗教曲。重要な代表作の1つです。ミサの通常文からクレドを除いた5楽章構成。これもリヨン合唱団が初演。響きはやわらかいですが、音域も広く複雑で歌うのは難しいです。
アーロン・コープランドが雑誌に好意的なレビューを書いたとのこと。
⚫️悔悟節のための4つのモテット(1938-39)
木の十字架少年合唱団の団長である神父さまの委嘱。作曲の手本としたのは中世スペインの作曲家ヴィクトリアであるとのこと。
1. 恐れとおののき、われを襲い
2. 選ばれし わがぶどうの木
3. 闇となりぬ
4. わが魂は悲しむ
⚫️エクスルターテ・デオ(1941)
次のサルヴェ・レジーナとセットの作品で、知人のカップルの結婚祝いのはずが、破談になってしまい、この曲は男性に、次の曲は女性に献呈されたそうです。
⚫️サルヴェ・レジナ(1941)
⚪️カンタータ 人間の顔(1943)
プーランクの合唱曲の中で、というより全作品の中での最重要作品の1つです。2群の混声4部合唱による12声部の大作で、詩はエリュアールです。元々は第8曲の「自由」に曲をつけてほしいというレコード会社からの依頼だったのですが、プーランクはエリュアールの2つの詩集(『低い傾斜で』と『詩と真実』で、「自由」は後者に所収)から7編を追加してカンタータに仕上げました。
占領下のパリでは『詩と真実』は出版できず、アルジェリアで刊行されたものが地下ルートで届くような状態だったとのこと。無論フランスでの演奏は不可能で、初演はBBC合唱曲がロンドンで行いました。フランス初演はその2年後になります。
演奏は難しく、アマチュアでは太刀打ちできませんが、その素晴らしさは筆舌に尽くしがたいものがあります。これだけ密度の高い作品をわずか6週間で仕上げたということは驚嘆に値します。
1. 世界のすべての春のうちで
2. 歌いながら修道女たちは突き進む
3. 沈黙と同じくらい低く
4. おまえ、私の耐え忍ぶ人
5. 空と星を笑いながら
6. 昼は私を驚かせ 夜は私を怖がらせる
7. 赤い空の下の脅威が
8. 自由
⚪️小カンタータ 雪の夜(1944)
小カンタータと題され、六声部のこじんまりとした作品で、派手さはないですが、美しい静かな響きの一品です。こちらも詩はエリュアールです。テキストは前述の詩集『詩と真実』および『生きるに値する人々』から雪にまつわる詩が採られています。「人間の顔」とは近い関係の曲ですが、内省的で控えめです。パリのコンセルヴァトワールで初演されました。
1. 大きな雪の匙
2. よい雪
3. 痛めつけられた木
4. 夜・寒さ・孤独
⚪️8つのフランスの歌(1945)
フランスの古い伝承曲の編曲ものですが、プーランクのオリジナルにしか聴こえません。前述の「自由」への作曲を依頼したレコード会社の、同じ人物の発案による企画です。
1. マルゴトンは水汲みに
2. 美しい人は塔の下に座って
3. 大麦をひこう
4. カラコロ、木靴よ踊れ
5. かわいいお姫様
6. 美しい人よ、もし我らが
7. ああ私のいとしい農夫
8. 機織り人
⚫️アッシジの聖フランチェスコの4つの小さな祈り(1948)
またまた親戚筋から頼まれて書いた、男声三部合唱のための作品。フランチェスコ教会で歌うための音楽です。
1. 栄あれ、聖母
2. 全能にして至聖なる
3. 主よ、どうか
4. おお、私の親愛なる兄弟たちよ
⚫️クリスマスの4つのモテット(1952)
混声4部合唱のための作品。比較的演奏機会に恵まれている曲だと思います。私も20年くらい前にコンクールで歌ったことがあります。
一曲目の旋律が、その後書かれるフルート・ソナタの第2楽章と同じです。
1. おお、大いなる神秘よ
2. 羊飼いたちよ見たことを語れ
3. 三賢人、星を見て
4. 今日キリストは生まれぬ
⚫️アヴェ・ヴェルム・コルプス(1952)
女性合唱のための小品。ピッツバーグ国際現代音楽祭のための委嘱作品です。
⚫️パドヴァの聖アントニウスのラウダ(1952)
男声三部合唱のための作品です。
カトリックの聖人であるパドヴァの聖アントニウスは、アッシジの聖フランチェスコに共感し、聖フランシスコ修道会の一員として布教活動を行いました。
結果的にプーランク最後のアカペラ合唱曲となりましたが、その深みは1つの到達点と言えるでしょう。
1. おお、イエス
2. おお、子孫よ
3. 王への賞賛
4. もし奇蹟を望むなら
若書きの『酒飲み歌』を除けば、残りの作品は37歳から53歳までの、脂の乗ったおよそ15年の間に書かれており、その中でも年を追うごとに洗練されていくのがわかります。
没後50年を過ぎ、全ての合唱作品が現役のレパートリーなんて作曲家は他にはいないでしょう。
合唱曲は苦手というクラシックファンの方にも、是非とも聴いて欲しいなと思います。
そしてプーランクの、声による豊饒の海はまだまだ続きます。素晴らしい歌とシャンソンが、私たちを待っていますよ。
(参考)
『プーランクを探して』 春秋社 2013 他