私はかつて「結婚したい女」と言われていた時代があった。
これは自慢でも何でもなくもちろん皮肉でです。
大学時代に酔っ払った友達の介抱をしたり、「○○しなくちゃだめだよ!」とか偉そうに(?)注意をしてみたりしていたり、何かと人の面倒を見るのが好きだった性格がこう呼ばれていた所以なのかもしれない。
「ふみとは結婚したいなぁ」という男は、大体そんな気もなく、そもそもそ結婚の「け」の字もよぎらせることのない若者だったので、私はいつも「じゃあつきあってよ!」と心の中で叫んでも虚しく散っていくのでした。みんなちゃんと彼女がいたし。「今つきあうのは無理だけど、結婚する人はこんな人がいいなぁ」みたいなニュアンスだった気がします。全然嬉しくないわ。゚(T^T)゚。むしろ、どう考えても皮肉じゃないか!とプリプリしておりました。
それから数年後、私は「結婚してる人」と言われるようになった。
それは、子供をあやすのがうまいとか、そういう理由でもなく、「落ち着いた人の体型」だったからでしょう。友達の子供を抱いていても「ふみがお母さんみたい!(笑)」といろんな場面で言われ、自分の落ち着きっぷりを払拭したい・・・(TωT)とその度に思ったことでした。
そして現在、「ママ」と呼ばれるようになりました。
その理由は、まだ私にも詳しくわかりませんが、「もう駄目じゃないの!」と言いながら何かしらお節介を焼くからかもしれません。しかし、きっと理由はそれだけではないでしょう。何人もの人に言われたよ。それもそれぞれ違う場面で。
さすがにね、「ママ」は衝撃的だったよ・・・。
これからもしかして「おかん」とかに発展していくのっ?!
とても気が気じゃないです。
でもママって・・・。
これは自慢でも何でもなくもちろん皮肉でです。
大学時代に酔っ払った友達の介抱をしたり、「○○しなくちゃだめだよ!」とか偉そうに(?)注意をしてみたりしていたり、何かと人の面倒を見るのが好きだった性格がこう呼ばれていた所以なのかもしれない。
「ふみとは結婚したいなぁ」という男は、大体そんな気もなく、そもそもそ結婚の「け」の字もよぎらせることのない若者だったので、私はいつも「じゃあつきあってよ!」と心の中で叫んでも虚しく散っていくのでした。みんなちゃんと彼女がいたし。「今つきあうのは無理だけど、結婚する人はこんな人がいいなぁ」みたいなニュアンスだった気がします。全然嬉しくないわ。゚(T^T)゚。むしろ、どう考えても皮肉じゃないか!とプリプリしておりました。
それから数年後、私は「結婚してる人」と言われるようになった。
それは、子供をあやすのがうまいとか、そういう理由でもなく、「落ち着いた人の体型」だったからでしょう。友達の子供を抱いていても「ふみがお母さんみたい!(笑)」といろんな場面で言われ、自分の落ち着きっぷりを払拭したい・・・(TωT)とその度に思ったことでした。
そして現在、「ママ」と呼ばれるようになりました。
その理由は、まだ私にも詳しくわかりませんが、「もう駄目じゃないの!」と言いながら何かしらお節介を焼くからかもしれません。しかし、きっと理由はそれだけではないでしょう。何人もの人に言われたよ。それもそれぞれ違う場面で。
さすがにね、「ママ」は衝撃的だったよ・・・。
これからもしかして「おかん」とかに発展していくのっ?!
とても気が気じゃないです。
でもママって・・・。