真理には二つの意味があるようだ。
 
一つは神様は真理と言う時の真理という意味である。これは絶対に正しく、まさに「まことのことわりである」。
 
もう一つの意味は自分も含めた世の中の全てである。具体的には森羅万象が真理と言われるが、人の心の中にある考えもまた真理と捉える。たとえ、その考えに論拠がなく、自分勝手だとしてもである。また、人には矛盾があるがこれもまたそれが存在するならそれも真理である。
 
折伏(しゃくぶく)という言葉と摂受(しょうじゅ)という言葉があるが、前者は一つ目の意味での真理で相手を説き伏せるのに対し、後者は相手に逆らわす、その主張や行為を受け入れながら導くという意味である。
 
折伏という方法はたとえ自分が正しい考えを持っていて神様だとしても使ってはならない方法のように思える。折伏は相手の心にあるものを認めないからである。これだと意見のすれ違いだけでケンカになるだけだろう。
 
一方、摂受は相手の心の中にあるものがたとえ誤った考えだとしても、認めることから始まる。この方が平和的で、相手も真理を受け入れやすいであろう。
 
だから、宗教を持っている人に伝えたいのは、真理とは全体であると、そして人の心の中にあるのもまた真理なのであると。
 
しかし、結局、真理を認めると誤った考えも認めることになるから十字架に架かるしかない。だから、正しい宗教というものは基本的には広まらない。
 
また、真理を認めてない人に真理を説くのは無駄な行為である。豚に真珠である。
 
世の中には真理を認めていない人がたくさんいるから、真理を話す場面もほとんどないであろう。
 
これまで述べたことから、次のことが言える。宗教が広まるのは単に十字架にかかりたくないから、折伏でケンカが起こるからであり、宗教が広まる時に戦争が起こるのはをこのケンカが大きくなるからであると。