物事にはいつも二つの捉え方がある。

アリストテレスの用語を使えば、質料と形相であり、可能態と現実態である。

 

質料とは素材とも訳されるが、要は家でいうところの柱や壁にあたる。形相とは家でいうところの「家」のことである。第一質料とは現代の物理学ではクォークにあたるだろう。ひと昔前は原子が第一質料であったのだが。

 

ところで、たまに、世の中を生きていると表面しか見ない人に出くわすことがある。はっきり言って物事の本質が見えてないのである。

 

人で言えば、人とは魂と肉体の複合体である。しかし、世の中を生きているとこの肉体だけしか見ない人もいるのである。

 

仕事で私語をしていて、それが仕事に関係のあることでも、私語という表面だけを見て、内容は関係ないとする人がいるが、とんでもないことである。

 

物事にはいつも質料と形相があるんだということを念頭において置かなければならない。

 

神様は一つでシンプルだが、自然界にあるものは二つの要素で成り立っていることに気づくべきだ。