人の価値は力が強くて、相撲で言えば、横綱になることで決まるものではない。また、テニスで優勝することでもない。オリンピックで金メダルを取ることでもない。人間性で決まるのだ。

人間性とはどういうものか。それは人間にどの程度道徳的価値があるかで決まってくる。道徳的価値は『なぜ神は人を自由にしたのか?』神様が人を自由にした理由は、自由の中で人が神を選び、愛して欲しかったからである。それでこそ、最大限に道徳的価値が人に与えられるのである。また、人を自由にするこ…リンクameblo.jp


で書かれているように、どの程度「神を愛せるか」とどの程度「敵を愛せるか」にかかっているのである。


この世で多くの人がつまづくのが、「敵を愛しなさい(ルカ6:27)」という言葉であろう。多くの人は自分を愛してくれる人だけあるいは、自分の好みの人だけを愛しているのである。「敵を愛しなさい」が達成できたときは神をも愛しているだろう。

しかし、まず、とりかかりたいのは「心を尽くして、精神を尽くして、力を尽くして、あなたの神である主を愛しなさい」(申命記6:5)(第一の掟)であろう。これからとりかかれば、魂が浄化されていき、自然と敵を愛せるようになる。そのための方法は『神になる方法』神になる方法は以下に示す図のように自分の魂に存在しているすべてのものを捨てることである。基本的に凡夫が仏になることを神になると言う。なぜなら、これ以上の存在は…リンクameblo.jp


で書いたように魂を浄化する以外に方法はない。


確かに、凡人のままで、敵を愛することもできなくはない。しかし、結構しんどいのである。相当な意識と努力がいる。

だから、上で述べたような方法で敵を愛せるようになることが望ましい。隣人愛から神様への信仰を極めるのではなく、第一の掟から始めるべきなのである。そうすれば自分がすべきことがわかってくるだろう。