コロボックルのようなN氏との出会いが私の大きな機転になることなど全然想像もしていなかった。
 
会う約束の公園が休園日だったので、近くの公園へ移動。
名刺代わりにと一冊の本を渡された。
N氏が書いた論文のようで、自費出版をケチったのか薄い紙の表紙。
こんなのもらってもと思いながら・・・花壇の縁に腰掛け、お話を・・・
 
N氏は某国立大学の教授を務めたのち、中国各地の大学で日本語の教鞭をとっているとの事だった。
 
その経歴にただただ圧倒された私は、なにか不安を感じてしまった。この不安は的中してしまうのだが・・・
 
電話では話せないと言われた学校設立の経緯を語り始めた。
私がメールで質問した事項を一つ一つ答えて行く、なんとも機械的なやり取りだったことを覚えている。
 
経営母体について:株式会社
経営者はどんな人か:O県にある某華僑団体
どうして辺鄙な場所に作るか:いろいろな候補地の中から中国政府が決断。まず沖縄からはじめて地方に何箇所か作る予定。
 
私はその言葉にすっかり騙されてしまった。
某華僑団体は中国領事館業務も代行するきちんとした団体で、そこの会長はO県でも大きな会社を経営してい人なので、経営母体は安心だなと一人で納得してしまった。
 
今となっては某華僑団体というだけで安心した自分がおろかであった。
 
経営は問題ないと思った私は、その後の学生募集もすっかり信じ込んでしまった。
 
学生は中国政府の旅行局の研修生(CA)と国費留学生とのこと。研修費は国からでるので、アルバイトはする必要がないとまで。
中国政府のことなので詳しくは極秘事項なので言えないとまで付け加えた。
 
今思えば、こんな話ありえないことなのに全てを信じてしまった私。本当に愚か者。
 
お昼休みも限られていたので、その日は説明を聞くだけで、返事は後日ということでN氏と別れた。
 
N氏はO県の日本語教育業界で有名な厄介者で、過去に不祥事を起こしたと知るのは転職してからのことである。
それにしても、説明してくれた事の半分以上はN氏の創作。ある意味感服です。