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ドーベルマンボルドー裏ブログ

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というより、いまや本館(笑)

 

少し前から、ん?と思い見ていたX(旧Twitter)でのやり取りがありました・・・

 

 

普段はあまり他人同士の誹謗中傷めいたやり取りは気にかけないのですが、
今回とても気になってしまったのは、自分のお子と同業者(漫画家)であり、

同じくドラマ化された作品の作者である先生へのTV局製作スタッフの誹謗中傷めいた書き込みだったこと、

そしてそれが同業者の我が子と重なり、お子の作品がドラマ化した時にも

原作者であるお子にも相当な苦悩があったのだろうか・・・と心がざわめいてしまったからです。

その書き込みをみた数日後に、セクシー田中さんの原作者 芦原妃名子先生の訃報を知りました。

 

Xでの経緯を眺めていることしか出来なかった己の無力さ、、、
作品を愛して世に出した先生のお気持ちを思うと心がとても痛いです。

 

芦原妃名子先生のご冥福を心からお祈り申し上げます。

 


 

何かを自分の手で生み出すことは、
それが例え誰にも認めてもらえなくても、
そこには愛が存在しています。

 

 

クリエイティヴィティ(Creativity)とは、新しいアイディア、概念、製品、または表現を生み出す能力やプロセスを指します。クリエイティヴィティは、創造性や想像力を活かして問題を解決し、新たな価値を生み出す力です。

クリエイターは自らのアイディアや才能を活かし、さまざまな形で新しいものを創り出す存在であり、クリエイターの仕事や作品は、文化や社会に深い影響を与えることもありますよね。


そんな新しいものを創り出すクリエイターの基盤に乗っかり、
原作者に向けて誹謗中傷めいた言葉を綴っていた原作の実写化ドラマ制作スタッフ・・・
そのことを色々調べていたら、以前から原作クラッシャーという異名があることを知りました(滝汗)

今回までにも原作者の方々の生み出したものを原作とは違う形にして実写化してきていたようで、

人の褌で相撲を取るとはまさにこのことだ!と思わずにはいられませんでしたょ。

 

人が生み出した作品を自分のいいように弄繰り回してドヤ顔!?

 

そんなに自分の捏ね繰り回したものに自信があるのなら、
ゼロから自分で面白い作品を世に出せばいいだけなのに・・・


ワタシがここで嘆いていても何にもならないとは思うのだけれど、
(お子には昨日、クリエイターとして追い詰められても、この世はそれだけではない、

辛かったら逃げてもいいし!しばらく離れて眺めてみたり、やり方は色々ある・・・云々とメッセージを送っておきましたがw)

改めて、自分の生み出したものを人様に手渡すときは、
自分と同じくらいそれを大事にしてくださる人へ渡したい!!
そう思いました。

 

 

今は亡きドーベルマンズの譲渡の際にも思ったこと。
嫁いだ先で終生まで愛され大事にしてくれる家族へ渡したい!!

作品も同じだよなぁ~と。

 

少し前に昔の友人から「あんた、変なもの売り始めてるね~」と言われたことがあるのですが、

しばらくは心がムカムカして気分も非常に悪かったので、今回のことで生前の芦原妃名子先生は、

どれほどのご心痛だったかは計り知れないと思っております。
 

 

それを思うとき本当に胸がキリキリと疼き痛みます。

お陰様で、ワタシのハンドメイド作品たちはワタシと同じように
愛をもって大事にしてくださる人達のもとに行っております。
感謝しかありません!ありがとうございます。

それは当たり前なんかではないのだということ、
今回のことで本当に感じ入りました。

 

 

今現在もオーダーのご依頼の作品を手掛けておりますが、
この作品も愛犬さんとの深い愛と絆を育まれている
ご家族からのオーダーですので、ワタシも丁寧に真心を込めて

作品の完成に向かい愛をもって、受け入れて下さるご依頼主さまにお届けしたいと思っております。

 

 

 

 

 

今日は愛犬シンシアの命日です。

シンシアを想い出すときは必ず、シンシアと最期になった
アイコンタクトが一番先に甦ります。


目は口程に物を言うといわれておりますが、
ワタシはそれをドーベルマンズから学ばせてもらったと思っています。

 

 

実際、意思の伝達には人間同士の間であっても、
私達人間が常に操る言語コミュニケーションよりも
非言コミュニケーションの割合の方が多いといわれてます。

 

 

コミュニケーションは、言葉だけでなく非言語的な要素も含んでいます。
非言語的コミュニケーションとは、言葉以外の手段を用いて情報を伝えることを指します。具体的には、身振り手振り、表情、視線、声の調子やトーン、身体のポストゥアなどが含まれます。言語コミュニケーションと非言語的コミュニケーションは、相互に補完し合い、コミュニケーションの全体像を形成します。

・言語コミュニケーション: この部分には話された言葉や書かれた言葉が含まれます。
一般的には約7%と言われています。

・声の要素: 発話の速さ、音の高さ、抑揚などが含まれます。
約38%が声の要素による情報伝達だとされています。

・非言語的コミュニケーション: この部分には身振り手振り、表情、視線、身体の動きなどが含まれます。
約55%が非言語的な手段による情報伝達だと言われています

 


 

愛犬とのコミュニケーションでは、アイコンタクトを頻繁に使うようにはなりますが、

愛犬の方も人が使う言葉をかなり理解してくれますので、
人間側は、ついつい楽な(習慣化されてる)言葉でのコミュニケーションで

愛犬に関わろうとしがちなんですよね(苦笑)

 

 

★在りし日のシンシアとの言語コミュニケーションの様子です

 

 

 

 

シンシアはドーベルマンズのなかでも頭もかなり良かったので、
発する言葉をかなり理解できていたように思います。

 

 

なので、ワタシもそれに甘えてしまいついついアイコンタクトよりも
言葉でシンシアに関わることが多くなっていました。

 

 

犬は視覚的な情報を大切にし、アイコンタクトを通じてさまざまなメッセージを伝えたり理解したりするという、

愛犬にとってのアイコンタクトの重要性を知っていながら、日々の忙しなさに流されてしまって・・・
 

愛犬に対して思いやりがなかったなと反省しております。

 

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今日の記事のタイトルは、はじめ『口は災いの門』だったのですが、
愛車赤マチ子さんの話だとわかるようにストレートなタイトルに変えました。


※下画像は不思議な写真になってますが悪いものではございませんのでご安心ください。

 

 

この記事では、今年初で(始まったばかりなのに)
一生忘れない出来事リストに刻んだお話を綴ります。


赤マチ子さんは日産マーチコレット。

 

 

 

型は古いですが、ドーベルマンボルドーの頃からボルドー&シェリーと
その子供たちをワタシと共に過ごした愛車です。

 

 

ドーベルマンズを乗せて病院へ行ったり、シャンプーをしに裏庭と自宅を往復したり、

フード類のお買い物に出掛けたりと、ドーベルマンズとの想い出がたくさん詰まっている愛車です。

 

 

そして、赤マチ子さんのルームミラーには、今月20日が命日になる
シンシアの鼻スタンプもいまだに残されています。

 

その鼻スタンプは、シンシアが亡くなる数日前、

赤マチ子さんに乗せて病院へ行った際につけたものなので、

いまだに拭くことが出来ずにいます。

 

 

そして天井にはドーベルマンズ全頭の鼻スタンプの跡も残っております(笑)
どれが誰のやらわからないけれどね。

 

赤マチ子さんとパピー時代のシェリーママ

 

 

 

そんなドーベルマンズとの想い出がてんこ盛りなマチ子さんは、
自分で部品を取り寄せて修理したり、塗装に出したりと、
新車を買えるほどの金額をかけてでも大事にする価値のある愛車なのですが、、、

 

 

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ちょっと遅くなりましたが、
新年あけましておめでとうございます!

 

 

年末年始バタついておりましたので、ご挨拶が遅くなりましたが、
ワタクシ、本年もマイペースで穏やかに生きようと思っておりますので、
引き続き仲良くしてくださると飛び上がって悦びます(笑)


昨年は人との絆がテーマだったよなぁ~と音声配信で話したのですが、

 

 

 

 

 

今年も人との絆をバランスよく抱えたままで、自分が接する人のなかの
自分を見つけながら、心の平安に役立てていこうと思っております。

 

ということで、今年一発目の記事は、多くの方がご存じである
『鏡の法則』の、、、裏表!?
(んーー裏表という表現は、ちょっと微妙に違うかもな・・・)

 

 

ざっくりいうと、自分を映すといわれている 自分に接する(関わる)他人の様子は、

二通りの見方ができますね!ということを

メンタルケアカウンセラーとして綴ってみようと思います。


 

きっと大昔からそうだったと思うのですが、人間関係というものはお悩みの上位にありますよね。

人間は集団で生きることで生き残った種ですから、ハーディング(群れる)を望むのは人間の本能だからなのでしょう。

自分以外の人間と群れることにより得られる安心・安全、快。

 

 

日常的な行動(消費者行動、経済的行動、人と の関係性を維持する行動など)において、自分の心の動き と具体の行動の結びつきを、いちいち考えたりはせず、無意識に群れる行動を取っていることが多い。
群れに属していれば、とりあえず安心・安全が確保さ れる、ということを経験的・動物的直感で身に付けてきた 人の習性。

ハーディング~群れる心理より

 

 

群れる(むれる) の類語・言い換え

集まる/集う/群がる/群れる

集まる/集う/群がる/群れる の共通する意味は、、、

 

多くの人または動物が一か所に寄り合う。

 

わけですが、(綴らんでも知ってますよねw)

 


あぁ~自分に接する人達はみーんな良い人ばかりで最高だ!!と、
言い切れる人は残念ながらあまり多くないと思います(笑)

 

 

そして身近な人間関係になればなるほど、(相手を知れば知るほど)
この人なんだかなぁ~という気持ちも芽生えやすくなったりで、
接する相手の思考や言動が自分とは違う証拠をせっせと集めては、
やっぱコイツ嫌いだ!って拗れたりすることもあったりで、
なかなか複雑な人間社会なわけです(汗)

 

 

で!

 

人の振り見て我が振り直せ

 

なんて諺もあったりして、

相手にダメ出ししてめっちゃ嫌ってるけど、
自分はどうなん?大丈夫?ってね。

鏡の法則はそういう捉え方がメインになってるのではないのかなぁ~と
ワタクシは思っていたりします。
(は?そんなわけない! もっと違う角度からも捉えてるわぃ!という方は
この辺りで読むのをやめて頂くと時間が無駄にならないと思いますw)

 

 

自分の目の前の相手は自分を映し出す鏡といわれてるから、
よくよく自分の日頃の態度を内観してみたけれど・・・
心はこう叫びだす。

 

自分はこんな嫌なやつなんかーい!?
マジかー嘘だろ!!
自分にはそんなことした覚えもないし、
考え方や捉え方もコイツとは全く違うわぃ!!

 

という場合も大いにあることなので(笑)
忙しい現代人はその時点で、コイツの言動は不愉快ではあるが、自分には関係ない、 勝手にやってろ! という

答えを導き出して終わってしまうパターンになり、

気が付けば同じような人間関係の不調が人を変え場所を変え、繰り返し繰り返し起きて、

 

「なんで自分だけいつも周囲の人間に恵まれないんだ・・・(涙)」となってしまったりする。


 

では、ここから鏡の法則の裏を綴りたいと思います(ΦωΦ)フフフ…(アヤシイ 笑)

 

 

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