昨日は耳友さんと子供たちとで遊園地に遊びにいきました。
小さい頃からたびたび会っているけれど、会うたびにお子さんの成長をすごく感じます!
いろいろ本音で(ブログに書いたら炎上もの)療育について熱く語れるのですっきりしますね(‐^▽^‐)
お互いに親の介入もいらず、子供たちだけでコミュニケーションをとって、どのアトラクションに行くかを話し合っている姿を見ると、いままでがんばって療育に励んできて良かったなあと思います。
ことば育ての時期は意外と短い。
本当に頑張るのって、幼児期のほんの一時。
そこさえきちんと押さえておけば、あとは本人が自分の力で言葉を獲得していってくれます。
きっとあんなこともう二度と出来ない。
いままでの人生の中であんなに頑張った時期があっただろうかと思うくらい頑張ってたし必死でした。
頭の中はいつもいつも、どうしたら言葉を増やせるのか。どうしたら言葉の概念を入れられるか。いかに効率よく言葉を入れていくか。そんなことしか考えてなかったかも。
もうしみついた習性なので、いまは療育的なことをやってるつもりはないけれど、無意識に今もすくなからずやっているんだろうなと思います。
ある方の手記を読んだ時に。「一日が終わる時に『今日も精一杯、がんばれたか』を自分に問う」ということが書いてありました。
私はいつも精一杯、これ以上ないくらい頑張っていただろうか?
べつにいいや。もういいやって思っていなかっただろうか?
ちゃんと子供の心に寄り添って、理解できていただろうか?
出来てない時もたくさんあったけれど、そんなことを思いながらやってきたなあと思います。
もう療育始めた時から六年も経つので、あの頃に比べたら人工内耳や補聴器の性能も格段に良くなっていると思うんですよね。
だからまた療育の仕方も変わってくるのかなあとは思います。
この障害は頑張ったら頑張っただけ伸びていくものだし、頑張らなければそれで終わり。
いま頑張っていることが、今はなんの成果もないけれど、それが何年後かに生きてくることもあるんですよね。
忘れたころに成果が出ることもいまだにあります。
あとで後悔しないように。
誰のせいでもない。
自分と子供の為に。
出来ることはやろう!
と、耳友さんと話していて改めて思いました。