この間、なにかにかいてあったのですが、
ある方が、たしか自分の出身の幼稚園の先生とお話しされたときのこと。
その方は当時のことよく覚えていて、
「自分が幼稚園児だったころの先生の名前までちゃんと憶えているんですよ」と言ったら、
そこの幼稚園の先生が、
「それはお母様に感謝すべきですね。幼稚園児の記憶はあいまいで普通、覚えていないのがあたりまえです。でも、覚えているということは、お母様がたくさんあなたに幼稚園のことを繰り返しお話ししてくださったからでしょう。」
ということを言われたと書いてありました。
なるほど~(ノ゚ο゚)ノ
と、思いました。
実は、私、保育園時代の思い出がかなり曖昧です。
給食が食べられなくて、お昼寝させてもらえなかったとか、おやつに出るあったかい牛乳?脱脂粉乳?が飲めなくて毎日泣きながら飲んだとか、保育園が嫌で泣いて登園拒否して、じいちゃんに蔵に入れられたとか、そういう暗い記憶はかなりありますが、
お友達となにをして遊んだのかさっぱり記憶がありません。
行事もなんとなく覚えている程度。
つまり、私の家族、周りの人々は、
保育園が嫌で大変だったことを私に繰り返しお話ししてくれていたということなんですよね。
それがいい、悪いとかではないのですが。
記憶はどんどん消えていくもの。
とくに小さいころの記憶はどんどん曖昧になります。
思い出さなければ消えていく。
小さいころ、こうだったね、ああだったね。と楽しく日々語れるようにしようと思いました。
できれば自分の子には楽しい記憶をたくさん残してあげたいから。
と、言いつつもやっぱり大変だったときのお話をよくしてしまうんですよね。f^_^;
先日も、子供たちと三年くらい前のアルバムを楽しくみていたら、こんなことが書いてありました。
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次男、人工内耳音入れ、一か月。兄、事故に合う。手話で、
「あに、いたい、クルマ、あお、ぶつかる、じてんしゃ、けが、ぴーぽー、のる。
はー(自分の名前)ばあば、おんぶ、みる」
と、かなり長い手話で衝撃を語る。
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と、書いてありました。
次男まだ当時二歳半くらい。現在五歳。
でも、いまだに覚えているみたい。
実は兄、小学一年生の時に自転車で接触事故に合い、あたまを縫うけがをしてしまいました。
あたまなので凄い流血でした。私は付き添いで救急車に乗り、次男はおばあちゃんに預けました。次男はおばあちゃんからおんぶしてもらっていました。
目の前で事故にあってしまったので、次男、とても衝撃をうけてしばらくはずっと手話で惨劇を語っていました。
兄はそれから三年生になるまで自転車に乗れなくなってしまいました。(>_<)
兄にとっては忘れたい記憶。思い出したくない記憶。
なのに、久しぶりに兄の忘れたい記憶に触れてしまいました。(>_<)
次男も、当時は手話で衝撃を語っていたのに、途中から言葉で語るようになり、私もついつい、そうだね、大変だったね~。救急車に乗ったね~など、お話ししてきました。
何度もそんな話をするので、次男の記憶にはしっかり刻み込まれたらしいです。
それを横で聞いている兄。
かわいそうなことをしてしまったな。
「もう、おれ忘れたいんだからそんな話ししないでよ!」
と、怒られてからは言わないようにしていたのですが。
こんなところに書いてあったなんて私が忘れていた(´□`。)
少し忘れかけていただろう記憶をまた再度、インプットしてしまいました・・・・
これからは気を付けようと思います(>_<) 反省。