娘は6年の頃、

義務教育を受けることも

難しい状況にまでなっていました。

 

ここまでになるとは正直

思っていなかったですが

 

コロナで自宅にいる時間が

長くなったことに加えて

 

本人の気質、

朝の状態の悪化(とにかく起きれない)

思春期、反抗期など

色々な負のループにはまりました。

 

 

その頃は私も必死で

ここでなんとかしなければと思い

様々な手を尽くしたつもりですが

 

娘はまともに話すこともできないくらい

荒れていましたし

 

行動すればするほど

正論を言えば言うほど

反発は強くなりました。

 

 

 

人生は平等にできていると思いました。

 

比較的平穏で安定した生活を送っていましたが

 

ここ10年で

悩みも増え、

思い通りにいかないことばかりで

 

今まで順調だった生活が一変したような気持ちでした。

特にここ3年はどん底だったと思います。

 

 

横目で普通に通学している子をみていると

悲しくて悔しくて

 

周りの景色が白黒に見えるような

気持ちはかなり落ち込んでいました。

 

 

 

しかし仕事では

普通にふるまいました。

 

というよりも

仕事が私を支えてくれました。

丁寧に一人ひとりと向き合うことで

私は私でいることができました。

 

 

息子の存在も大きかったです。

 

息子は変わらずマイペースですが

朝6時前に起きて6時半には学校に

元気に出発していました。

 

息子は娘の相手もしてくれましたし

見守ってくれていたと思います。

 

 

コロナの後だったので

学校はWeb授業をしてくれましたが

 

Web授業では

出席にはなりません、

 

課題もテストもありません、

 

 

本人は教科書も開かず

鉛筆も持たず

ただ耳で聞いているだけ・・

 

 

私はこのまま娘が何もしない、

ということは

心配だったので

 

教科書ワークを買って

毎日少しずつでも向き合ってほしい

鉛筆を持つ習慣を忘れないでほしい

 

そう思って計画を立てたりしていたのです。

 

 

そんな日々を通して

 

宝物箱にしまってある

娘の綺麗でまとまったノートを見ると

 

もうこんな日は来ないんだろうと

切ない気持ちになっていたのだと思います。

 

 

しかし中学になり、

 

娘は

少しずつ前を向き始めました。

 

とにかくまた普通の生活ができれば

それ以上は何も望まないと思いました。

 

 

私の教育ママの毒は

この1年ー2年で

やっと抜けたのかもしれません。

 

 

ただ娘には大きなブランクがある

 

あの大事な1年以上を取り戻すには

色々な意味で大変だろうなと思いました。

 

中学生になったら

中間期末テストもある

 

学校の勉強についていけなくて

学校に行くことがまた難しくなる

可能性だってある

 

 

そんな思いから

4月も少しずつ勉強の計画を立てました。

 

特に英語は

本当に難しいようで・・

 

私は

英語の教師になりたいくらい

英語が好きだったので

 

教えることも

勉強のコツも

伝えられたのですが

 

娘がそれを素直に許容できるわけがなく

 

それも含めた限界を

GWに感じたのです。