こともある。
実は簡単である。
やりたようにやったって
くりかえすものもいる。
それが、どこまでが自分かの認識がなければ
ただのジタンダにすぎない。
楽しいようでさほど楽しくないたのしみ。
踊ってぼくが想う自分を壊せ。
どこまでが自分か?
自分の輪郭がこわれ
ソフトシェルな自分がひろがる。
絶えず、脱皮し、
過去の自分がやりたいとおもっていたことなんて
ぜんぶ排泄だなって
想いもしつつ、、
それもまたわるくないなんて
想いもして、
やりたいことをすることを訴える輩の
虚しさをも飲み込んで
ゲップする。