堅い時はほぐす。
緩い時は締める。
 

有事のときは平時の様に。
平時は有事のときの様に。
 

場の空気や雰囲気を見て、目的に照らして
敢えて逆張りする必要がある時も多いよなーと思う。
 

「空気を読む」ことは
「空気に合わす」ことじゃなくて、
読んだ上で⇒どうするのかは、別の話。
 

なんとなーく、
で物事が進んでいたりする時に敢えて真逆をぶち込んで揺さぶることで、
ハッと気づいてもらって機能回復をさせたり、
「そういや何でだろ」みたいなことに立ち返ったり、
みたいなことが必要なときもあります。
 

和やかなんだけど、それが甘えから来ていたり、緩みを連れてきている時は、
空気をぶち壊して敢えてキツイことを言う。
 
とか、
 
ガチガチになりすぎてルール通りや、厳しくやることが目的になっている時は、バカ話や逸脱をしてほぐす。
 


空気は読む
目的に照らして自分が何をすべきかを見極める
きちんと機能として実行する

この辺はとても大事だと思います。


 
そして、それは何のために、
という目的地を自分自身はクリアに見えていることは当然大事だけど、
相手にとってはその崇高な部分は想像が及ばず又は正直どうでも良いことだったりするので、

その相手相手に合わせて、それが実現できると「貴方にとっては具体的にどうなのか」というちゃんと想像できるところまで近づけた話もとても必要だったりします。
 
 
得てして崇高なリーダーの壮大な理想は、最前線の方にはピンと来にくく、
それをそれぞれの心の中に落とし込んでいく努力と、最前線にも実感しやすく想像しやすいものであることも大切だろうと思います。
 


例えば

「我々のネジが世界中の人の笑顔と幸せに貢献しているんだ」

というイメージが、リーダーの哲学思考の末にガッチリ繋がって見えたとしても、前線の皆が同じ哲学思考の過程を経るにはかなり厳しいものがあったりする。
 
リーダーと経済的な状況も違うから、当然頭の中を占める優先度(大まかに言うと、先よりも今、理想よりも経済的安定)は違うし、日々考えることに使っている時間自体も、対象、範囲も違うわけで。
 
なので、リーダーは、それが最前線の人にとってどんな意味があるのか、どういう想像・実感できるものがその線上に乗っているのか、という部分を丁寧に落とし込んでおくことも必要だったりするよなぁと思ってたりします。
 
 
大なり小なり、何らかのリーダーであるときは、この辺は大事だなぁといつも思ってます。

なんつってな。