【映画】個人的な備忘録(28) | 徒然なるままに

【映画】個人的な備忘録(28)

以下は、あくまで個人的な備忘録であり、
それ以上でも以下でもありません。
甘口なのか辛口なのかどうなのか。


■卒業の朝(2002年アメリカ)
ジャンル:洋画/ドラマ
ストーリー:★★★★
キャラクター:★★★★
意外性:★★★
癒し:★★★★
音楽:★★★
総合:★★★★★
備考:
考えされられる作品。大人向けの映画。
「いいひと」や綺麗事だけでは世の中は回っていかない。
しかし、常識や良識を忘れてしまうと、人としてのなにか大切なものも一緒に失くしてしまうのかもしれない。

私はサラリーマン時代に、「いいひと」として会社のために尽くし、家庭を犠牲にして会社人間として働きながら、無名のまま終わってしまった人と仲良くさせて頂いたことがある。
会社に奉公することが良いことという常識に沿い生きてきて、その結果としてお金は溜まり、それなりの肩書きは手に入れたけれど、会社では部下から軽く見られ、家庭では居場所がなく、何のために生きてきたのか分からなくなる、そういう人を実際にこの目で見てきている。イヌ型の会社人間タイプの人には、そういうタイプの人は結構多いのかもしれない。
「いいひと」とか、綺麗事とか、良識に沿うことが、必ずしもその人のためになるとは限らない。人生を生き抜くためには、ときには手を黒く染めることも必要なのかもしれないし、会社や世間の常識に縛られない生き方というのも必要なのかもしれない。

例えば、出世をするためには手を黒く染めなければならなくなったとき、手を染めるかどうか。良い学校、良い会社に入るためにお金や体を差し出したり、出世するために裏工作をしたり。
また、他人が手を黒く染めているのを見て、その行為を見なかったことにするのかどうか。
法律には抵触しないけれど、人間としての道徳や倫理には抵触する、というようなことが、現代社会では至る所にあるのだろう。政治家、官僚、官僚化した大会社、芸能界、その他ありとあらゆるところにそうした要素は渦巻いていて、良心の呵責に悩みながらも手を黒く染める者がいる一方で、なにも考えずに手を黒く染める者もいる。
学業に専念することが使命である学生が学業を放り出して遊び呆けるというのも、人間の倫理から大きく外れた行為であるというのも確かなのだろう。大学でレポート課題が出たときに他人の答案をほとんどコピーしたり、授業の出欠確認の際に用いられる出席カードを他人に書かせて授業をサボる、といったことは、大学ではありふれた日常の光景だけれど、そういったことを何も考えずに行うことが出来るほどまでに、人間の良心というものはすでに欠落し切っている、ということかもしれない。
自分の気に食わない人間がいれば平気な顔で他人を中傷し、相手を傷つけることをむしろ楽しんでさえいる。根拠のある意見をもとに討論をすることは構わないけれど、悪意を持って相手を傷つけ、侮辱するというのは正直いかがなものなのか。
そういう、歪んだ、腐った精神は、道徳観や倫理観を失ったからそうなったのか、それとも人間は本質的に歪み腐った生き物なのだろうか。

価値観というのは人それぞれ違うものだと思うけれど、私が思うに、死ぬ前に自分の人生を振り返ってみて、後悔しない生き方をしてきたかどうか、子供に自分の人生をきちんと伝えられるような生き方をしているかどうか、そういう生き方をすることが大切なのではないか、と思う。

自分の子供や世間にはもっともらしいことを言っておきながら、裏ではいけすかないことをしている、というのが、人間の本質なのかもしれないけれどね。
私には、なにか間違った社会のようにしか思えないのだけれど。

でも、私は、こういうようにも感じるのだ。
もし、神様というのが実際にいて、自分が創った人間を箱庭の外から眺めて楽しんでいるのだとしたら、全員が潔癖で葛藤もなく生きている人間よりも、欲に塗れて良心の呵責に悩まされながら暗黒の海に溺れていく人間を見るほうが、見ていて楽しいのかもしれない、と。
そういう意味では、人間が作り出した下手なエンタメ作品よりも、リアルな人間自身のほうが、より刺激があって、見ていて楽しいエンターテイメント作品といえるのかもしれない。

いつものように話が脱線しました。