【映画】個人的な備忘録(27) | 徒然なるままに

【映画】個人的な備忘録(27)

以下は、あくまで個人的な備忘録であり、
それ以上でも以下でもありません。
甘口なのか辛口なのかどうなのか。


■ツォツィ(2005年)
ジャンル:洋画/ドラマ
ストーリー:★★★
キャラクター:★★★
意外性:★★
癒し:★★★
音楽:★★★
総合:★★★
備考:
少年の成長物語。
闇の世界を照らす一筋の光のような、希望を与えてくれる作品。
しかしなにか“作られた”印象を感じてしまう。
そのせいか、私の心にはあまり響いてこない。

私には、この物語に描かれている少年が、それほど不幸な少年には見えないのだ。
それは、映画の描写が不足しているためなのか、それとも、別の要素によるものなのか。

この少年は、先進国の人間から見れば不幸で庇護欲をそそる存在に見えるかもしれないけれど、少年の側からしてみれば、他人からの庇護を求めているわけでもなく、現在の境遇のなかで、自分の人生をきちんと生きている。先進国の人間から見れば野蛮な生き方に見えるかもしれないけれど、少年にとってはこれが自分の生き方なのだ。だから他人から慈悲を受けることには反吐が出る。自分が不幸かどうかなんて他人が決めることじゃない、自分自身が感じることだ。他人からどう思われようが、自分が今の人生に満足していれば、それは、その人間にとっては幸せな生き方だといえるのではないのか。
自分と他人との価値観の決定的な相違。そこに腹立ちさえ覚える。

どこかの国にいるどこかの少年は、実はそういうことを思っているのかもしれない。
この映画を観てこういうことを思うのは私だけだろうか?


■プロポーズ(1999年)
ジャンル:洋画/コメディ
ストーリー:★
キャラクター:★★
意外性:★
癒し:★★★
音楽:★★★
総合:★★
備考:
BSフジ。
コメディということもあって、
いろいろとデフォルメ化、単純化しているところがあるけれど。
ドラマとか映画を観て、
男はこういう生き物だ、という風に思い込んで欲しくないかな。
この映画は、なにか
男を悪者に仕立て上げようとしているかのような印象を感じる。
「将来」という言葉を聞いただけで結婚をやめるというような、
世の中の男がそんな男ばかりだとは思い込んで欲しくないかな(苦笑)

「将来」という言葉を、「夢」とか「希望」とかに置き換えてみると、
それを追い求める男は結構いそうな感じもするけどね。
たぶん、「将来」というよりは束縛が嫌いということなのだろうけれど。
もちろん私も束縛されること自体は好きじゃないし、喜んで束縛されたいというマゾな人というのは男にはあまりいないんじゃないかな、という気もする。
そもそも、結婚=束縛だけの関係だとしたら、
誰も結婚したがらないだろうから
人類はとっくに衰退していると思います。

当初の結婚の目的自体が、
金や子作りのためだけに結婚する、という、
それだけを見ても嫌悪感を喚起させるような設定にもかかわらず、
主人公の男がこれでもかと
女性の嫌悪感を喚起させるような
あまりにもひどいプロポーズを連発していく。
いや男ってそこまで馬鹿じゃないから、
と思わず突っ込んでしまいたくなるほど。

この映画がターゲットとしている観客層としては、
結婚生活を数年経て
ストレスを溜め込んだ女性が
こういう映画なりドラマなりを観て
男はホント馬鹿よねーとか言いながら
ストレスを発散させる、といった感じの用途の映画ということだろうか。
少なくとも男性が見るようなタイプの映画ではないのだろう。
アメリカ映画って、この手の映画がなんか多いような気もする。
最近の新作映画でも、
「そんな彼なら捨てちゃえば?」のように
男性からしてみれば、そのタイトルを見るだけで
嫌悪感が沸き立つような、
そんな感じの映画がよくあるような気がする。
日本だと、なかなかそういう映画とかドラマって作りにくい(作ると反発される)ような気がするんだけど、どうなんだろう?


個人的には、
結婚生活は、やっぱり、
なにか理由があって結婚するというよりは、
二人が本当に愛し合って、
お互いを必要とするような、
いつまでも一緒にいたいと想い合えるような、
そういう感じの結婚のほうが
良いと私は思うんだけどな。

束縛でも、依存でもなくて。
お互いが、お互いを心から尊敬しあって、
一緒に生きていきたいと想うことができる、
そんな結婚生活ができたらとても幸せなのだと思う。

でも、二人の関係がよほど相性が良くないと、
現実には、なかなかそうした関係になれないのかもしれないけれど。
そうした人を見つけるのは、とても大変なことなのかもしれません。
もしそういう人を見つけたら、逃しちゃ駄目ですよ♪