痴漢の冤罪事件、最高裁での無罪判決で思ったこと | 徒然なるままに

痴漢の冤罪事件、最高裁での無罪判決で思ったこと

痴漢の冤罪事件は、社会的な問題だと思う。

罪を犯していないのに、有罪扱いされたり、
本当は罪を犯している人間が、罪に問われなかったり。
そういうことは、悲しいことだけれど、実際に起こっている。

日本のムラ社会では、世間体というものがとても重要視されていることが多く、一度ついてしまった悪いイメージを拭い去ることは並大抵のことではない。
たとえそれが冤罪だったとしても、「本当はヤったんじゃないか」と思われてしまうということは、とてもよくあることだ。それは痴漢に限ったことではない。

一般市民のこうした見方が改善されなければ、
穿った見方かもしれないけれど、
裁判員制度が実施された場合に、
裁判員+裁判官の構成が、
男性が多ければ無罪、
女性が多ければ有罪、
となりそうで、怖い。
イメージだけで、有罪か無罪かを決めてしまう、ということは絶対にやってはいけないことだと思うけれど、
一般市民のこうした見方が改善されなければ、こうした事態は本当に起こってしまいそうな怖さを感じる。


検察の証拠集め能力のさらなる向上だとか、
啓蒙活動などによる一般市民の考え方の改善、
メディア側の、ニュースの取り上げ方の改善(一方的、恣意的な見方をしない)
そういったことが大切なのだと思う。
もちろん、人の考え方を変えるのは並大抵のことではないということは私自身の経験でよく知っていることだけれど。

正しいことを、正しいように行動する、ということが、
何故出来ない人がいるのか、私にはよくわからない。
イメージだけで、安易に物事を決め付けてしまう人がいるのが、
私にはとても信じられない。

一方的、恣意的な判断をしないよう、常に多面的に物事を判断し、
自分の考えが必ず正しいという傲慢な考えを持たないことも大切なことなのだと思う。