皆さま、この偉大な方のお名前を耳にしたことはあるだろうか。

仏桑華狂光会名誉顧問
「沖ヒカル」

一種のカルト教団です。
この方、TV・雑誌などさまさまなメディアで活躍されておるわけですが、私も「教授」と呼び崇拝しています。

この方のブログを下記に記しますので是非御覧いただければ幸いです。

狂人雑記


さらにこの方の教典も発売されておりますので、是非ブログにアクセスの上ご確認していただければと思います。

波を知り、波を乗りこなし、時には波を変える、現代に復活したモーゼの軌跡をご覧ください。

以前、ある政策のお問い合わせ窓口として勤めていた頃、大きく分けて
「自分の不注意によって申請が滞り逆ギレしてる人」
「知り合いの間違った記憶による入れ知恵を頑なに信じて被害妄想中の人」
「日頃の政策への不満をぶつける場違いな人」

という人種がおりました。
皆様、自分は被害者だと思い、自分だけ損をしていると思い込んでアドレナリンMAXで問い合わせるのですが、正直一番の被害者は政策検討には一切関与していないにも関わらず、文句を言われる我々が被害者なような気がしてしまいます。

まぁ、中には
「お前ら俺たちの税金で飯食ってるんだから…」
という、意味の分からない文句を放つ残念賞もいます。
私たちの給与の出所は確かに税金かもしれませんが、私たちだって定時に出勤しきっちり働いているわけで、みな給与の出所はほぼ同じかと思います。
自分だけが消費者なのか?立場という概念だけで物事を話す残念な人の相手をしていると思うと憂鬱になります。
残念な人たちが選んだ残念な代表者が作った残念政策に振り回される残念な消費者。
この「残念連鎖」の中で板挟み状態で働いていたかと思うと、私こそ被害者!と思ってしまうのも無理はないのかななんて被害者ぶってみました。
日曜日でも関係なく働いていますが、これから帰宅です。

「国のやることは」という台詞を私の周りでもよく耳にします。

意味合いとしては、政府の方針に対しての批判なのだと思うのですが、例えば、某国の様に独裁政治と呼ばれる独りが全てを独断で決める方針なら怒りの矛先も定まりますが、今日の日本は船中八策が生み出されて以後、国会にて国民が選んだ代表者、そう批判する人自身が投票に参加し選んだ代表者が小学校の学級会の様な「居眠り」「野次」により決まった方針により政治がなされています。

では誰が政治をすればいいのか。腐った立候補者から選んでも仕方ありません。いや、立候補した際はまだ腐っていないにしても、腐りやすいのだから一緒ですね。志と知識の塊ですから。

私が考える適任者は、野望も必要だと考えます。しかし、そんな賢い人はわざわざ批判の的にはなりません。
自分で独立し、会社を起こしたりもっと賢い生き方をします。


選挙参加者にも責任があります。
投票の基準に「地元が近所だから」「知り合いの知り合いだから」「なんとなく」という人はいませんか?
だから運良く当選し昼寝で稼ぐうつけ者がのうのうと……

結局、衆参とか必要ないんですよ。全国知事会で全部決めたらいいんですよ。
無職の大人の全国一斉就職会につきあう必要なんかないわけですよ。

横綱審議委員会、わかりやすいでしょ?責任もすぐ追求出来るでしょ?
批判だってしやすいでしょ?

そういうこと。