私の通う大学はいわゆる医系総合大学である。
歯学部の他に医学部や薬学部、保健医療学部の学生もいる。
医学部に入ることができなかった私にとって、1年生の初めのころは苦痛が伴った。自分が憧れた医学部の学生がすぐそばにいるからだ。しかもその中には(当たり前のことだが)現役で入ってきた者も多い。

自分が3年かかっても入れなかった学部に現役で入る者がいる。悔しかったし、何がダメだったのかまた自問自答の日々が続いた。

歯学部にもやる気が見出せなかった。歯学に興味が持てなかったし、そもそも虫歯になったこともない。歯医者に行ったことすらなかったのだ。
つまらなかった。医学部と同じ、いやそれ以上に学費がかかっても取れる資格は歯科医師免許である。このまま勉強しても医師免許はとれない。やるせなかった。

そんな気持ちを指導担任の先生にご相談した。
4月にもかかわらず辞めたいとまで言った。

そんな私に先生はこう仰った。
「君は歯学の何を知っているんだ?」
「もっと歯学を知りなさい」

先生のお言葉はとてもシンプルだったが、私は大変なショックを受けた。
歯学のことを何も知らないじゃないかと。

それからというもの人知れず図書館で歯科医師の本を探しては読んだり歯科医師免許を持った先生に話を聞きに行ったりと歯学がどんなものか知る努力をした。

未だに歯学部が医学部の下位互換であるという気持ちは拭いきれない。事実だと思っている。ただ、歯科医師が医師に勝っていることもあるはずだ。医学部に通う学生に何を言われても言い返せるものが欲しい。見返すことができるように勉強したい。
今、私は某大学の歯学部に通っている。今年の4月から2年生である。

このブログのテーマが親への懺悔であるように、医学部に入れなかったことに対する親への謝罪の気持ちは常に心にある。しかし、私の心にはもう一つの気持ちがある。
それは、自分のために勉強ができる喜びである。

「自分のために」とはどういうことか。
今まで私は両親のために勉強してきた。私がテストでいい点数を取ることにより父親の機嫌を損ねないようにしてきた。機嫌を損ねたら生きていけないと思っていた。死の恐怖すら感じていた。

子供のころ、父親はよく私に勉強を教えた。父親の教え方は至ってシンプルだった。私が問題を間違えたり出来なかったりすれば殴る、蹴る。木刀や竹刀で打たれたこともある。怖かった。私は常に怯え続けた。テストが出来なければその先にあるのは地獄だ。恐怖でテスト中に泣いてしまったこともある。

子供のころ植えつけられた感情は今もテストの度に思い起こされる。
テストの最中に恐怖で頭が真っ白になる。

テストができないために殴られるだけならまだいい。自分が出来なかったのだからある意味「罰」であると思えば乗り越えられた。

しかし問題はその先にあった。父親は私が出来ないことの苛立ちを母親にぶつけた。母親を怒鳴り散らし殴った。これは自分が殴られるよりも辛かった。自分ができないばかりに母親にとばっちりが行く。母親が陰で泣いているのを見たのは1度や2度ではない。

私は父親の機嫌を損ねるわけにはいかなかった。テストでいい点数を取らなければならなかった。そして、父親の跡を継ぐために医学部に入らなければならなかった。
いい点数を取れば、医学部へ入ることができれば、もう殴られることはない。母親を守ることもできる。そう考えていた。
つまり、生まれてから自分のために勉強したことは無いと言っても過言ではないのだ。


それがもう叶うことは無い。医学部に入ることが出来なかったからだ。
もう親を喜ばせることはできない。機嫌云々の話では無くなったのだ。

いつもなら奈落の底まで落ち込む私だが、この時の私は考え方を変えることができた。これには自分でも驚きだった。

もう父親の機嫌をとる必要はなくなった。死ぬことに怯えなくていい。父親は私に何の期待もしていない。私に対して感情的になることもない。
これからの勉強は自分のためにできるのだ。
いや、勉強だけではない。自分のために生きていける。
こんな風に考えたのは初めてだった。

自分のために勉強できることがこんなにもうれしいと、21歳になって初めて分かった。
歯学部として自分の道を邁進していくことが親への贖罪になればいいと考える。
 さて、懺悔に戻るとする。
1回目のブログで高校受験で合格した際に大きな誤解をしたと書いた。これはどういう意味か、そしてそれがその後の人生に及ぼした影響は何か。今回はそれを書いていきたいと思う。

私の出身高校は県でも有名な進学校だ。
我が県ではこの高校の名前を出せば、たとえ成績がどんなものだったとしても賛辞を頂戴することになる。県ではこの高校に入学することが一種のステータスになっているのだ。
それだけに高校受験に合格した時は私も含め親類一同で喜んだものだった。

それが私を増長させた。人を見下すようになった。
他の高校に通う学生を馬鹿にした。自分に何の力もないにもかかわらずだ。
慢心して努力をしなくなっていった。勘違いしていたのだ。この高校に受かったんだ。俺は頭がいい。ならば医学部だって入れて当たり前だと。
何の根拠があったわけでもない。今考えれば本当に愚かだった。
その結果、卒業してもくだらないプライドだけが残った。

このプライドが勉強の邪魔をした。
浪人1年目に駿台に入ったのだが「この高校出身の自分ならば必ずついていけるだろう」と最上位クラスを選択した。
たしかに駿台の入学前に受けたクラス分けテストやその年の1月に受けたセンター試験の結果では最上位クラスに入ることができる点数を取っていた。しかしどの教科もギリギリの点数だった。今ならば1ランク下のクラスに入り基礎からもう一度やり直すべきだと分かるのだが、くだらないプライドがそうさせなかった。

自分は、最上位クラスで落ちこぼれていった。難しい授業やテキストについてけなかったのだ。プライドを捨てイチから勉強するといった気持ちでいればこのようなことにならなかったかもしれない。
見る見るうちに点数が下がっていった。浪人1年目で受けたセンター試験は現役時代よりも点数が下がってしまった。

あの時の選択は今でも後悔している。
このことから私は高校に対するプライドを捨てた。そんなもの持っていても無駄だと痛感させられた。

人生で初めて大きな挫折を味わった瞬間だった。
これまでの2回の投稿はいずれも鬱めいたものだったので、今回の更新は気分を変えてみようと思う。

歯学部というものは、はっきり言って医学部の下位互換である。当然、医学部への劣等感も強い。
もともと医学部に入りたかった私にとって歯学部は屈辱でしかなかった。

予備校で私を熱心に指導してくださった先生がそんな私にいくつかのアドバイスをして下さった。

その中の1つはつらく悲しい時に思い出すことにしている。
「挫折しても奮起してそれ以上の成功体験が得られれば、過去の挫折は振り返って財産になる」
という言葉だ。

今がゴールじゃない。ここから巻き返してやる。こんな失敗くらい笑い話になるくらいの大きな成功を勝ち取ってやる。
この言葉を思い出すたびに勇気と元気が湧いてくる。
まだまだ負けたわけじゃないんだと…。


2度目の更新をすることにする。
まだ、あまり慣れていない。どこからどんなことを書けばいいのか迷っている。

私が浪人時に親にした「借金」は今も家計に大きな影響を与えている。私がもっと頭が良ければ、もっと努力することができたならば払わなくて済んだはずのお金だけに悔しさと情けなさで胸が詰まる。

去年から私と入れ替わるようにして弟も浪人を始めた。
私の大学生活のためのお金に加え、弟の予備校費もかかる。
それらは、去年よりもさらに家計を圧迫している。

大学の学費や日々の生活費も医学部に入っていたならば、すこし感じ方も違ったかもしれない。ゆくゆくは親の跡を継ぐことができる。親を喜ばせることができるのだ。浪人したことも報われただろう。

しかし、現実は違う。私は歯学部だ。
歯科医師免許を取得したところで親を心から喜ばせることはできないだろう。
何のために今まで生かしてもらったのか分からない。

実家に帰るたびに母親に「もうお金が無い」と言われる。
父親は「お金の心配をするな」と気丈に振る舞うが、内心ではどう思っているのだろうか。

私が親の立場なら殴っても殴っても飽き足らない気がする。
何のために今までお金をかけてきたのか。小、中、高、浪人と塾や予備校に払った「投資」はなんだったのか。あれだけ費やしたのにこの愚息は医学部に入れなかった。
そう思わずにはいられないかもしれない。
父親がどう思っているのか分からない。

私には生命保険がかけられていることは昔から知っている。万が一の病気や事故のために積み立ててあるものだ。
ふと思うことがある。私が死んだ場合、幾らの保険金が支払われるのだろうか。自殺の場合は払われるのか、どんな事故で死んだ場合・・・。

生きているのが嫌になることこの上なし。