オリラジ中田敦彦の操縦士としての過剰な責任感 | コントリーの反省ブログ

オリラジ中田敦彦の操縦士としての過剰な責任感

 オリエンタルラジオといえば、慶応大学卒の中田敦彦と明治大学卒の藤森慎吾のお笑いコンビである。高学歴お笑いコンビとして2005年にデビューし、その後すぐにエンタの神様で『武勇伝ネタ』で一気にブレイク。(実はNSC在籍中の2004年のM-1グランプリで準決勝まで進んでいた。その年のM-1敗者復活戦を録画していた私は何度も繰り返し見てネタを暗唱するほど、武勇伝ネタに衝撃を受けた。)その勢いのままバラエティ番組の司会も努めるようになり、デビューしてわずか2年後の2007年の4月にはゴールデンでの司会を任されるようにもなった。しかしながら、それらの番組は1年足らずで終了。バラエティ番組の司会として結果を残せず、また、他の出演番組も続々と打ち切りとなった。その前後で、オリラジは漫才に力を入れて活動するようになった。オリラジのアイデンティティは「漫才」としようとしていたのである。それを証明するように2008年と2010年に漫才を商品としたDVDを発表している。バラエティで結果を残せなかったオリラジが、漫才というパッケージで「オリラジの笑い」を表現しようとしたのだ。
 その「オリラジの笑い」の形成を追求しようとしたのが、中田敦彦だ。2010年に発表したDVD「我」で、オリラジはブラックマヨネーズと自身の笑いについて赤裸裸に語り合っている。(中田はブラマヨを紹介する際、最高の漫才師と呼んでいる)そのDVDの中で中田は「自分たちの漫才はブラマヨさんたちみたいな色がない」と悩みを打ち明けていた。中田はこう続けた。「いまやっている漫才というのは、誰がやっても成立する漫才だ。ブラマヨさんは自分たちにしかできない漫才をしているから面白い」と。中田は自身の漫才を未完成だと感じており、その理由が「自分たちにしかできない笑い(=オリラジの笑い)」が見つけられていないからだと言っている。このDVDではその後、ブラマヨがどうやって「ブラマヨの笑い」を形成させていったかという話になる。
 ブラックマヨネーズの漫才のネタを書く吉田敬は、M-1で優勝する以前、自分たちの漫才のスタイルに限界を感じていたという。それは客観的に見て決して笑えない漫才ではなかったし、実際に漫才の賞ももらっていたものだという。しかしながら、これは「自分たちの漫才」ではないと感じていた。その理由は、『自分たちの漫才がリアルではない』からだと吉田は分析した。漫才のネタよりもラジオで話している掛け合いの方がよっぽど面白い。それは、漫才の『ネタの設定』があくまで『設定』であり、本当に本心から言っている言葉ではない。一方ラジオは『自分の言葉』を自分が面白いと思って使っているからリアルなんだと。自分が本当に面白いと感じているのは作り上げた漫才ではなく、ラジオでの小杉との掛け合いだ。と、自身の作り上げてきたいままでの『漫才』を全否定したのである。そのことについて、吉田は「ボケとしては恥ずかしいこと」と前置きしておきながらも、「小杉の使う小杉独特のツッコミが自分の考えるネタよりも面白いということを認めることができたから」と語っている。そして、今までの漫才の作り方を全く変えたところ「自分たちが一番面白いと思える漫才」が完成し、その結果M-1で優勝することが出来た。こうして「ブラマヨの笑い」が完成したのだそうだ。その話を中田は自分なりの答えを模索するように熱心に聞いていた。一方、相方の藤森は自分のサラダと間違えて先輩の小杉のサラダに手を付けて怒られてしまうのであった。
 では、「オリラジの笑い」とはなにかを筆者なりに考えてみた。私の考えるオリラジの笑いは、「藤森の人間性」だと考える。藤森といえば一般的に「チャラいキャラ」として認知されている。藤森ほどチャラい芸能人は他にいないのではないか。実際に先日のしゃべくり007にオリラジが出演した際も、「藤森のチャラさ」だけで1時間成立してしまった。
 先述のようにオリラジは『武勇伝ネタ』でデビュー後すぐにブレイクしたが、このネタをもし中田と別の人間がしていたとしよう。おそらくすぐにブレイクすることはなかったのではないか。それは、武勇伝ネタの最も重要なファクターである「ポップさ」が一気に失われるからである。オリラジがバラエティ番組から姿を消し始め、漫才に重点的に力を入れ始めた頃、一気に「オリラジらしさ」が失われたように思う。それは、漫才を形式化しようとする中田の自己顕示欲が表に出て来てしまったからである。デビュー当時、オリラジの武器であった『若さ』や『勢い』、そして『ポップさ』を利用して中田は『武勇伝ネタ』を作り上げた。しかしながら、『武勇伝ネタ』でブレイクした自分たちのスタイルはバラエティで結果を残せなかった。そのため、別のスタイルを模索しないといけないというので、中田は漫才というフィールドを選択したのだろう。完璧主義の中田にとって「教科書通りの漫才」を作ることは容易だ。しかしながら、『武勇伝ネタ』で見せたような「自分たちらしさ」を失う格好となった。教科書通りの漫才に藤森は不要である。むしろ、藤森の人間性からして教科書通りの漫才は不適当である。それこそ、別の相方とするべきであった。しかしながらオリエンタルラジオとして活動する以上、中田と藤森は一心同体である。F-1で例えるなら、武勇伝ネタでは藤森のエンジンを使って操縦していた中田だが、バラエティから遠ざかって以降、操縦士である中田は、藤森というエンジンそのものをカスタマイズしようとしたのである。
 最近、「藤森のチャラさは異常だ」という弄られ方を他の芸人がするのをよく見かける。(先述の『しゃべくり~』然り、『行列のできる~』然り)芸人が本当にブレイクするときは、他の芸人が面白いと認めるようになったときだと思う。さまぁ~ずがブレイクしはじめたきっかけは、「三村ツッコミ」にナインティナインが注目し始めた頃であり、くりぃむしちゅ~がブレイクしたきっかけは、有田が萩本欽一の舞台に出演した頃だ。(何を以てして『ブレイクのきっかけ』と言うのかは非常に曖昧だが)つまり、コンビがブレイクする時は、コンビ自らがキャラクターを作っていくのではなく、周りがそのコンビが面白いように見えるキャラクターを作り上げたとき(作り上げようとしているとき)である。オリエンタルラジオはいまその時にいる。いまこそ「オリラジの笑い」が成立する過渡期なのである。この過渡期をどのように過ごすかは操縦士である中田にかかっている。オリラジの操縦士として、現在の周りからのオリラジへの視線をどのように受け止めるか。そして、それをどのように昇華させるかは中田が決めることである。
 中田敦彦が「自分たちの色を探す」ということを止め、「自分たちの色を楽しむ」こと、それはつまり「藤森慎吾の人間性を楽しむこと」をし始めたとき、我々は「オリエンタルラジオの笑い」を見られる時がくるのだろう。


それはそうと、藤森さんは人として面白いですね。あそこまでのお調子者はきっとどこの世界にいっても大成するでしょう。藤森さんには「チャラさ」を維持しつつ、でも安っぽくならないでほしいな。中田さんのためにも。難しい案配だけんど、カラテカの入江んとこまで行くと嫌悪感が出てしまうもんで。