自分は変わりたい…
自分で自分を生きたい

こんな記憶がある。
いつまで続くんだろう…そう思いながら、歩いてた朝の通学の記憶を鮮明に覚えてる。

ちょうど摂食が現れた頃からだと思う。毎日摂食の自分がいない瞬間にふと思ってた。


面白いことを面白く感じない、嬉しいことを嬉しいと感じない、悲しいことを悲しく感じないそんな生きているのに生きてないような感覚。

誰かに自分の存在を認めてもらいたくて、自分を抑圧して頑張る努力。

そうやって周囲の期待ばかり気にして本当の自分が抑圧されてきてたのかもしれない。

でも空虚感は埋まらなかったんだろうな。

だから摂食は『つらいよ、もうやめようよ』のサインだった気がしてる

生きてるってつまらないと感じてた。今考えると機械的だったからそう感じてたんだと思う。






あたしが今してるのは

新しい自己の創造だよ

そのために


毎日毎日
話を聞いて語り歩いて
本をよんで
考えて

気づきが欲しい


決して間違いだとは思ってない


だから自分はやってる


やり続けてみれば、きっと後で今より理論的に説明できるようになる

新しい自己の創造
「自分らしさを模索したい」って年末の部の反省文でも書いた

自分で自分を生きたいんだよ


本当の自分の姿で
そしたら生きることが楽しくなる。生きてるって実感から辛いことも生きがいに変わる。


スポーツでは心から好きで好きで…
走りたい
体を動かしたい
サッカーをしたい
勝ちにこだわりたい
と感じたい


今チーム(集団)に入っても
周りの刺激につぶされる

周りの刺激をうまく受けられて、かつ自分もしっかり守れるレセプターのようなものが不完全なんだ

自分を抑圧しないで
自分で自分を守れる
ようにならないとだめだと思った。


レセプター=自分らしさ・自分の素直な心(自分は今抑圧で素直な心が見つけられない。抑圧と葛藤してる)


でも自分は
摂食の自分もいる
だから
できることから少しずつ
やれることからやってみる
そうやって徐々に
本当の自分の割合を大きくして
摂食の自分を小さくしていきたい
したくなる


苦しいよ

弱いから苦しいって感じちゃう


あたしは周りを精一杯理解しようとしたいよ

でもあたしの理解してほしい気持ちはほとんど伝わらない
一生懸命口で説明しても


やっぱりあたしの我が儘なのかなぁ


いきどころのない気持ち


いつもこんな些細なこと


ちっぽけな


情けないよ


こんな自分いらない


そう思えてくる


どうしたらいい?


耐えるしかないの?


耐えて乗り越えられる強さもないから

耐えて摂食に走るしかなくなっちゃう

食べ吐き
痩せ願望が
そのしんどさを
隠してくれるんだ
言われた
2人目

「部活やめちゃえばいいぢゃん」


確かにそう思う
やめれば楽
一番楽
でもしない


逃げないって決めたから


今変わっていかないといつまでも壁を越えられないまま


辞めるときは何の感情も抱かなくなった時

でもわからないよ
また頭おかしくなってきた


追い掛けても追い掛けても逃げて行くばっかり




屁理屈ばっかり

汚いなあたし

こんな自分いらないよ