memento mori
「来いよ」
たった一言で真夜中に呼び出されマンションのエントランスを出ると、
見知らぬ車の運転席に座るあなたが顎で助手席を指す。
僕たちの車は知られてしまっているから、
明るい日中に2人して出かけることはできない。
事務所の車でもないこの車は一体だれのものだろう。
助手席に座りドアを閉めると、外界から遮断された
ただ車のエンジン音だけが響く狭い空間になる。
あなたは無言で車を走らせる。
音楽もかけず、言葉も交わさないけれど、
この静寂は嫌いじゃない。
前を向くあなたの横顔を視線の端でそっと見つめながら
今、僕とあなた2人だけだと実感する。
会わない時間が長かったわけじゃない。
ついこの間も2人揃って海外の仕事が入っていたし、
毎日のように事務所では一緒にいる。
だけど、こんなふうに、仕事も何も関係なく
ただ2人だけでいるのはいつ以来だろう。
そう思ったらなんとなく涙が出そうになった。
僕ら以外の誰もいない空間で、他人の視線も気にならない時間、
それがこんなに得難いものになるとは思いもよらなかった。
あなたといると息がとまるほど切なくて
泣きたいくらいにうれしくて、
何気なく触れる腕から伝わる温もり、
ふと香るあなたの香り、あなたの存在を感じて
隣にいられることがただ幸せだと思う。
何も話さなくていい。愛の言葉もいらない。
あなた以外何もいらない。
お互いの体温の気配と寄り添う心があればいい。
体を繋げなくても心はひとつだとわかるから。
ねぇ、どこまで行こうか。
ハンドルを握るのはあなただけど、
僕たち、どこまで行こうか。
どこまでも僕はあなたと行くから。
あなたが疲れたら僕がハンドルを握るよ。
2人とも疲れたら一緒に眠ろう。
そしてまた歩き出せばいい。
僕たちずっとそうしてきたよね。
2人でいれば何も怖くない。
月がきれいな夜にはあなたといたい。
抱き合うことができなくてもいいから、
ただ2人並んで空を見上げていたい。
いつかのあの湖でもいいし、
誰もいない公園でもいい。
それとも山の中にしようか。
誰もいない無人島に行く?
世界の果てまで、このまま行ってしまおうか。
カウントダウンの声が聞こえる。
「忘れるな」と言う声が追って来る。
わかっているさ、もうすぐだって。
でも今は追ってこないで。
もう少し2人でいさせて。
話したいことがたくさんあるんだ。
聞きたいことがたくさんあるんだ。
だけど、言葉はいらない。
あなたが傍にいれば何もいらない。
ぼんやり窓の外に視線を移すと、
右手がそっと温もりに包まれる。
何も言わず僕の手を握って指を絡める。
それだけで、胸の奥がぎゅっと苦しくなる。
あなたが好きだと叫びたいけど
そんなこと恥ずかしくてできないから
窓の方に顔をそむけながら絡めた指を握り返すだけ。
赤信号で停止した途端、腕を引かれ、
そっと唇を奪われる。
あなたはずるい。
その気もないような顔をして
突然こんなことをする。
軽く舌を吸われて、また何事もなかったかのように
前を向くあなた。
その度に僕の心臓がどんなになってるか
この胸を開いて見せたいくらい。
全部あなたのせい。
いや、あなたを愛した僕のせいだ。
体の奥に芽生えた熱に気づかないふりをして
僕はまた窓にもたれて外を見つめる。
この道はどこまで続くんだろう。
そして、必ず来る終わりを目指して、
僕たちは何も言わずに進んで行く。
人気のいない海辺で車を止め、外に出ると
真夜中の空気が冷たく頬をなでる。
あなたは当然のように僕の手を取り自分のコートのポケットに入れる。
幼いころに戻ったような少しのくすぐったさと、
過ぎ去った青春の喪失感とが僕の中でせめぎ合って、
僕は思わず足を止め、あなたを見つめる。
「チャンミナ?」
僕の瞳をじっと見つめて、その心の奥までわかってしまったのだろう、
あなたは優しく僕を抱きしめる。
「一度しか言わないからよく聞いて」
「ヒョン?」
耳元に温かい息が吹き込まれ、
そっと囁かれた言葉が僕の体中にしみわたっていくようだ。
思わずこぼれた涙をあなたはそっと唇でぬぐう。
不器用だけど、あなたはいつだってこうやって僕のほしいものをくれる。
時に頑張り過ぎて空回りしちゃうけど、そんなところも好きだ。
言葉なんて意味がないってわかってるから、あなたは何も言わない。
でも、たまにこうして不安になる僕のためにくれるあなたの思いは
僕だけの秘密の宝物。
誰にも教えない。
そして僕からのお返しはこのキスにこめて。
ねぇ、ヒョン。
この海の向こう、はるか彼方に誰にも知られない世界の果てがあったら
いつか2人で行こう。
今はまだそのときじゃないけれど、
いつかきっと、2人で行こう。
そして、そこで2人きり、永遠に…。
fin.
ご無沙汰しております。
すっかり寒くなりました。
ビギイベの感想も書きたいのですが、
とりあえず今月の山を越えたのところでちょっと書きたくて
ちょっと出てきました。
ここ数日のもやもやを吹き飛ばしたくて…。
ユノの、大丈夫だよ、が聞きたいです。
負けないぞー!!