もうすぐツアーが始まる。
あなたの怪我は全快とはいかないけれど、
それでも毎日何時間もリハーサルを経てなんとか形になってきた。

いつのまにか桜の季節は終わり、木々の緑がまぶしくなってきた。
まさに今回のツアーのコンセプトにふさわしい季節だ。

あの夜、2人で桜を見に行ったあの公園ももうすっかり緑に衣替えしたことだろう。
今頃だと八重桜がきれいに咲き誇っているかもしれないが、
僕はあの日あなたの腕の中で見たソメイヨシノが、この世で一番美しいと思う。

桜の花びらの積もった地面に横たわり、
あなたの愛を感じたあの夜を僕は忘れない。

どんなに綺麗事を並べてもあなたをあきらめる理由にはできない。
離れられるはずもないのに、つい弱音を吐く僕を優しく叱って、
逃げようとすると強引に抱きしめてくれるあなた。
あなたの気分転換に出かけたつもりが、僕が慰められてる。
このところずっと一緒にいられて幸せだったから、
また離れ離れになるのが怖いんだ。
だけど、もう少し強くなるよ。
あなたに愛されるのにふさわしい男にならなくちゃね。

いつまでもあなたの腕の中で甘えていたいけど、
僕だって男だから、そうしてばかりもいられない。
ちゃんと僕の足で立ってあなたと並んで生きていくんだ。

誰よりも愛しいあなた。
僕の心を動かすのはこの世でただ一人、あなただけ。
あなたの指が僕の体を熱くして、あなたの唇が僕の肌に花びらを散らす。
ずっとこのまま永遠にあなたに繋がれていたい。

なのにあなたは桜の精と恋でもしているように
僕を腕に抱きながら花ばかり見上げていたね。
潤んだ瞳で見つめれば何度でも愛してくれるけれど、
心の隅で何を思っていたの?
あなたの心のすべてを独り占めしたいんだ。
あの夜刻まれた愛の印はもう消えかかっているけれど、
タトゥーのように僕の肌に刻み込まれている。

「どうした?」

窓の外をぼんやり眺めていると、ふわりと背中から抱きしめられる。

「ヒョン、ちょっと。誰か来たらどうするんですか」

「別に俺たちいつもくっついてるから誰も気にしないだろ。こんなことしなければな」

そう言ってあなたが後ろから僕の唇を求める。
触れるだけの穏やかなキスだけど、それだけで僕の心は温かくなる。
体の力をぬいて背中からあなたに体重を預けると、抱きしめる腕が少し強くなる。

「桜、終わっちゃったな」

「すっかり葉桜になりましたよ」

「うん」

「葉桜も、新緑は綺麗で好きですけど」

「葉桜は普通に木だな」

「普通に?」

「手を広げて太陽の光をめいっぱい受け取ろうとしてるみたいだろ?」

「それが普通?」

「普通だろ。光合成するんだよ。ちゃんと作り出せるものがあるってこと」

「なるほど、うまいですねぇ」

「からかうなよ」

「いや、本当にそう思いました。ヒョンはすごいなぁ」

「おい、いつもはそう思ってないのか?」

「思ってますって。ちょっとヒョン、やめてください、くすぐったい…」

あなたが拗ねて僕をくすぐる。
くすぐったくて、でもあなたとこんなたわいのないことでふざけ合う今が幸せで、
僕はあなたの腕から逃げる気になれない。
ちょっと口惜しいのでささやかな仕返しをしてやろうかな。

「ヒョン…お願い」

あなたの好きな上目遣いでじっと見つめてそっと目を閉じると、
あなたがはっと息をのむ気配がする。
あなたはきっと僕にキスするためにそっと顔を近づけてくる。
薄眼を開けてみるともう少しで唇が触れそうだったから、
そのままあなたのおでこにコツンと頭をぶつける。

「イテっ。こら、チャンミナ」

素早くあなたの腕から逃れるとドアに手をかける。
おでこをさすりながら軽く睨む顔もすごくキュートでたまらなく好きだと思う。
結局僕はいつでもどんなあなたでも好きでたまらないんだ。

「もう休憩はおしまいですよ。それで目が覚めたでしょ?」

僕は大丈夫、あなたと一緒なら何でもできる気がする。
あなたもそうでしょう?
僕の瞳からサインを受け取って、柔らかく微笑むあなた。

さあ、僕たちの音楽を作りに行こう。



(画像はお借りしました)

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