2人きりで人気のない山の中の公園で桜を見ていた。
普段は都会の人の多い場所で生活しているから、
月明かりしかない薄暗い夜の静けさがとても心地よかった。
今年はいつまでも肌寒く開花が遅れていたが、ここ数日ですっかり花開いた。
都心の公園ではきっとたくさんの人が花見を楽しんでいるだろう。
日本人は桜が好きだ。
花見は古代からの日本人の心が受け継がれたものでもあるのだろうが、
今では宴会が主になっている。
仲間でわいわい騒ぎながらの花見もそれなりに楽しいだろうが、
今の自分の状況を考えたらそんな気分にはなれない。
一人で静かに物思いに耽るのもいいけれど、せっかくお前が誘ってくれたから
こんな花見もいいかもしれない。
それにしてもチャンミンはよくこんな場所を見つけたものだ。
都心から車で1時間ほど走って、あまり人が知らなそうな、
花見の場所としては穴場と言っていいだろう。
見つけられたものだけに与えられる、
何本ものソメイヨシノが咲き乱れる秘密の花園といったところか。
はらはらと散る花弁は羽のように軽く舞い踊り、
地面に舞い降りた後は雪のように積り花弁の絨毯を作っていく。
ソメイヨシノは人間の手で造られた園芸種で、種子ではなく接ぎ木でしか増やせないクローン体だ。
そのため、咲く時は一斉に咲き、木の寿命も短いらしい。
こんなに美しく咲き誇っているのに、なんとも儚い運命だ。
この木は自分の運命をどう感じているのだろう。
樹木としては短命で自分の手足をもいで増やすしか種を残せないその運命を。
そんなに慌てて花を咲かせ、散らすしかない自分を。
「ソメイヨシノか…まるで…」
「まるで?」
思わずこぼした言葉にお前が反応する。
何も言わずにずっと寄り添っていた温もりが心地よくて離したくない。
お前の体が傾いて俺の顔を覗き込むように近づく。
「いや、なんでもない」
「生き急いでいるように見えましたか?」
「そうだな。それもあるけど…」
「一気に咲いてあっという間に散ってしまいますからね。儚いものです」
やはりお前には何も言わなくても俺の考えることなどわかってしまうらしい。
言わずにおこうと思ったことまで察してしまうんだな。
美しいものをただ美しいと感じられないほど心に不安があるというのか。
「ソメイヨシノってクローンなんだって」
「クローン、ですか?」
「ああ、種子で増えることはないそうだ。人の手で接ぎ木をして増やさないと消えてしまう」
「ああ、聞いたことがあります。だから一斉に開花するんだとか、寿命が短いとか」
「自分で種で増やせないなんてな」
「ヒョン?」
「木ってさ、長い年月をかけて大地に深く根を張って、枝葉を広げて成長していくだろ?
寿命もそうだけど、クローンでしか増やせないなんてさ」
「ヒョンは子どもが好きですもんね」
「チャンミン、そうじゃないよ」
「僕たちが寄りそっていても何も生みだせない」
悲しそうに目を伏せるお前を慌てて抱きしめる。
お前を悲しませたいわけでも泣かせたいわけでもない。
何となく思ったことをつぶやいただけなのに、これはよくなかった。
お前の不安に気づいていないわけではなかったのに。
もうお前は俺の顔を見ようともしない。
「ごめん。そんなことが言いたいんじゃないんだ。不安にさせるつもりじゃなかった」
「いいえ。現実を見ればそういうことです」
「俺はお前がいないとダメなんだよ」
「それは他の誰かが出来るまでの間のことです。今はこうしていたっていつかは…」
「そんな悲しいこと言うなよ。俺はお前を絶対に離さない」
お前は俺の腕から逃れようとするけれど、それを許さずまた抱きしめる。
「許されないでしょ、そんなこと」
「許されなくてもいい」
「ヒョン、僕はあなたには明るい陽の下で堂々と愛し合える人が似合うと思います。
こんな夜中に人目を忍ぶような愛は似合いませんよ」
睨むようにまっすぐに見つめる瞳には涙がたまっている。
それはお前の本心か?そうじゃないだろう。
「俺の愛は俺が選ぶ。俺はお前を選んだ。それともお前はいやになったのか?」
「ヒョン…だって、このままじゃいつかきっと」
「いつかきっと誰かにわかってしまってもいいんだよ。俺はお前しか欲しくない
それとも俺を捨てるのか?」
「捨てるなんて、冗談でもそんなこと言わないでよ。ヒョンのバカ…」
お前の瞳からこぼれる涙を吸ってやる。
俺を思って流すお前の涙は極上の甘露だ。
俺を捨てることなんてできないくせに常識ぶったことを言った罰に唇には触れてやらない。
桜の幹にその細い体を押し付けて、耳に舌を這わせると甘い吐息で応えるこの体をどうしてやろうか、
もう桜の花よりも、目の前の愛しい体のことしか頭になかった。
to be continued ...
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