久しぶりの日本はちょうど桜が見頃の季節だった。
今年はかなり過密なスケジュールが組まれていたけれど、
ヒョンの怪我によって変更に次ぐ変更の毎日で、
たまにぽっかり時間があいてしまうことがある。
そんなとき、ヒョンはいつもより静かで、ぼんやり窓の外を眺めていたり、
ソファに腰掛けて本を読んでいたりする。
でもどこか上の空で…本の中身だってきっと何も頭に入ってないはず。
日本のツアーを控えて綿密なリハーサルを重ねて舞台を作り上げるはずが
練習さえできないもどかしい状況で、口惜しさを表情に出すこともせずに
あなたは自分を責めているのだろうか。
怪我だって…いつも僕たちは危険と隣り合わせだ。
それは練習だけでなく、海外の公演でも何度もヒヤヒヤしたものだ。
今回は運が悪かったと思うしかない。
僕もあなたもほとんど寝る間を惜しんで仕事をこなしてきた。
もしかしたら僕だったかもしれない。
僕だったら…やっぱり自分を責めてしまうだろうな。
こんなとき、かける言葉も見つからないなんてすごく情けないけど、
下手な慰めはたぶん一番ほしくないってわかるから、
僕はただ黙ってあなたの隣にいる。
「桜が咲いてるんだな」
あなたがポツリとつぶやいた。
いつものように窓の外を眺めて思わず、という感じだったから
返事がほしいわけではないんだろう。
それでも、もしかしたらあなたの気分転換になるかもしれないと、
あなたを誘ってみる。
「日本でちゃんと花見ってしたことありましたっけ」
「ないか?」
「ないですね」
「初めて来た頃は?」
「あの頃は余裕がなかったから、花見したとしてもちゃんと見れてないですよ」
「そうか…」
「そうですよ。もったいないですよね」
「桜、好きだったか?」
「そうですねぇ。済州島の桜とまた違ったよさがありますよね」
「王桜か…昔行ったな」
「はい。日本の桜を見に行きますか」
「これから?」
「そうですね…人があまりいない時間なら大丈夫でしょう」
「そうだな。どうせ今日はもうできることはないから行くか」
「はい。車で行けば大丈夫ですよ」
マネージャーから車を借りて、僕らは郊外へ出かけた。
以前と違って気軽に外を出歩くことはできなくなったけれど、
夜中にこっそり人のいない公園を歩くことくらいはできる。
山の中とはいっても車でかなり奥まで入れるので、それほど歩かずにすむ。
とはいえ、松葉杖のあなたにはやっぱり負担になる。
本当なら車椅子に乗ってほしいけれど、それだと僕ら2人だけでは移動できないから、
しかたなく短い距離をゆっくり松葉杖で歩くあなたの背にそっと手をそえる。
深い夜の闇の中、ひとりで歩くにはなんだか心細くて、わずかでもあなたに触れていたい。
花冷えと言う言葉があるように、春の宵はコートなしでは肌寒く、
こうしたわずかな触れあいでも心に温かい灯が灯るようだ。
大きな桜の木の下まで2人してゆっくりと歩いていき、桜の木を見上げた。
満開まであと少しとはいえ、風が強いのでもう花弁が散り始めていて、
あなたの髪に、肩に、小さな白い羽のように舞い降りてくる。
月明かりだけの薄暗い夜の闇の中に白く浮き上がるようにたたずむ桜の木、
そしてその木の下で手を広げてたたずむあなたは一幅の絵のように幽玄の美しさを湛えていた。
to be continued ...
第62回ゆのみん企画「花見/さくら」参加のみなさまは こちら
今年はかなり過密なスケジュールが組まれていたけれど、
ヒョンの怪我によって変更に次ぐ変更の毎日で、
たまにぽっかり時間があいてしまうことがある。
そんなとき、ヒョンはいつもより静かで、ぼんやり窓の外を眺めていたり、
ソファに腰掛けて本を読んでいたりする。
でもどこか上の空で…本の中身だってきっと何も頭に入ってないはず。
日本のツアーを控えて綿密なリハーサルを重ねて舞台を作り上げるはずが
練習さえできないもどかしい状況で、口惜しさを表情に出すこともせずに
あなたは自分を責めているのだろうか。
怪我だって…いつも僕たちは危険と隣り合わせだ。
それは練習だけでなく、海外の公演でも何度もヒヤヒヤしたものだ。
今回は運が悪かったと思うしかない。
僕もあなたもほとんど寝る間を惜しんで仕事をこなしてきた。
もしかしたら僕だったかもしれない。
僕だったら…やっぱり自分を責めてしまうだろうな。
こんなとき、かける言葉も見つからないなんてすごく情けないけど、
下手な慰めはたぶん一番ほしくないってわかるから、
僕はただ黙ってあなたの隣にいる。
「桜が咲いてるんだな」
あなたがポツリとつぶやいた。
いつものように窓の外を眺めて思わず、という感じだったから
返事がほしいわけではないんだろう。
それでも、もしかしたらあなたの気分転換になるかもしれないと、
あなたを誘ってみる。
「日本でちゃんと花見ってしたことありましたっけ」
「ないか?」
「ないですね」
「初めて来た頃は?」
「あの頃は余裕がなかったから、花見したとしてもちゃんと見れてないですよ」
「そうか…」
「そうですよ。もったいないですよね」
「桜、好きだったか?」
「そうですねぇ。済州島の桜とまた違ったよさがありますよね」
「王桜か…昔行ったな」
「はい。日本の桜を見に行きますか」
「これから?」
「そうですね…人があまりいない時間なら大丈夫でしょう」
「そうだな。どうせ今日はもうできることはないから行くか」
「はい。車で行けば大丈夫ですよ」
マネージャーから車を借りて、僕らは郊外へ出かけた。
以前と違って気軽に外を出歩くことはできなくなったけれど、
夜中にこっそり人のいない公園を歩くことくらいはできる。
山の中とはいっても車でかなり奥まで入れるので、それほど歩かずにすむ。
とはいえ、松葉杖のあなたにはやっぱり負担になる。
本当なら車椅子に乗ってほしいけれど、それだと僕ら2人だけでは移動できないから、
しかたなく短い距離をゆっくり松葉杖で歩くあなたの背にそっと手をそえる。
深い夜の闇の中、ひとりで歩くにはなんだか心細くて、わずかでもあなたに触れていたい。
花冷えと言う言葉があるように、春の宵はコートなしでは肌寒く、
こうしたわずかな触れあいでも心に温かい灯が灯るようだ。
大きな桜の木の下まで2人してゆっくりと歩いていき、桜の木を見上げた。
満開まであと少しとはいえ、風が強いのでもう花弁が散り始めていて、
あなたの髪に、肩に、小さな白い羽のように舞い降りてくる。
月明かりだけの薄暗い夜の闇の中に白く浮き上がるようにたたずむ桜の木、
そしてその木の下で手を広げてたたずむあなたは一幅の絵のように幽玄の美しさを湛えていた。
to be continued ...
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