明け方にふと目覚めると、腕の中にあるぬくもりに思わず顔がほころぶ。


触れあう素肌にもう夜の熱さはないけれど、

この腕の中で丸くなって眠っているこの体温こそすべて。

安心しきった穏やかな寝顔を見ていると、変わってないなと思う。

長い睫毛も可愛い丸い頬も、そして、その唇も。


変わったことと言えば、思う通りに反応する体くらいだろう。

裸の背中に指をすべらせれば、眠った身体でもあえかな吐息で応える。

耳もとに息を吹きかければ、唇をとがらせてキスをねだる。

いっそ抱いてしまおうか。





初めてチャンミンと出会ったのはまだ小学校に通う前の幼い頃、

田舎町でのどかに暮らしていた俺と都会に住むチャンミンを引き合わせたのは

奇跡としか思えない偶然が重なってのこと。

チャンミンの妹が喘息が悪化したため、転地療養にやってきたからだ。


チャンミンは物静かな子どもだった。

いつも大きな木の下に座って図鑑を眺めていた。


田舎の子どもといえば、男も女も関係なく外で元気に走り回って遊ぶものだから、

その様子はとても珍しく思えた。


わざとその木の方へボールを蹴ったり、大きな声を出したりして

なんとか注意を引こうと思ったけれど、決して上げられることのない顔。


どんな顔をして、どんな表情で、どんな本を読んでいるのか、

気になってしかたがなかった。


自分から声をかけるなんてカッコ悪いと思ったけれど、好奇心に勝てず、

とうとう自分から声をかけることにした。


「ねえ」


田舎者だと思われたくなくて、テレビで見た都会の子みたいに声をかける。

でも、君はまさか自分が呼ばれてるとは思わなかったみたいで気づかない。


「ねえってば」


「え?もしかして…呼んだの?」


「そうだよ」


「ごめんなさい。誰も知らないから違うと思って…」


恥ずかしそうにうつむく君は世界中で一番可憐に思えた。

伏せた目を縁取る長い睫毛、耳にかかるくるんとしたくせ毛、

そして恥じらって赤くなった耳が可愛くてたまらなかった。


この子だ、と思った。

絶対仲良くなって大人になったらケッコンするんだ。

それなのに、


「僕に何か用ですか?」


恥ずかしそうにもじもじしながら君が顔を上げる。


可愛い!

丸いほっぺにまんまるな目でじっと見つめられてこっちまで恥ずかしくなりそうだけど、


え?今、”僕”って言った?


「ええ??僕って…男なの?」


驚いてつい声に出してしまうと、君はみるみる真赤になって、

そのつぶらな瞳にいっぱい涙をためて、僕を上目遣いで睨む。


ヤバい、怒らせちゃったみたい。

でも怒った顔もすごく可愛くて、ついぼーっと見惚れてしまった。

そして、やっぱりつい、声に出してしまった。


「可愛い…」


次の瞬間、バチンと左の頬のあたりで大きな音がして、目から星が出たかと思った。


「いてぇ…」


叩かれたのはこっちなのに、君は泣きだして、そのまま走って行ってしまった。

さっきまで大事そうに抱えていた図鑑を置き去りにしたまま。


左頬は音の割にそんなに痛くはなかったけれど、なんだか胸のあたりが絞られる見たいに痛い。

本をどうしようとか、本格的に怒らせちゃってどうしようとか、ちょっとの間呆然としていたけれど、

悩んでいてもしかたないので、本を抱えて家に帰ることにした。



「あらユノ、ほっぺをどうしたの?」


母親は頬に手形をつけて帰った息子に優しく問いかけた。


「おかあさん、今日可愛い子に会ったんだけど、怒らせちゃったみたい」


「その子は何で怒ったのかしら?」


「うーん、わかんないや。仲良くなりたかったんだけどな」


「その図鑑は?」


「忘れてった。泣いてたみたいなの…可愛いって言っただけなのに」


「困ったわね。誰かわからないと本を返せないし、謝れないわね」


「すごく可愛い子だったの。睫毛が長くて、耳のところで髪がくるんってなってて、ほっぺが丸くて」


「あらあら、ずいぶん気に入ったのね。昨日お父さんの診療所に来た子かしら」


「あの子病気なの?」


「いいえ。たぶん、病気の子のお兄ちゃんじゃないかしら。図鑑が好きだって言ってた気がするわ」


「お母さん、その子の名前教えて。図鑑返してくる」


「じゃあお母さんと一緒に行こうか」


「うん。お母さん、どうしたら仲良くなれるかな」


「そうねぇ…おやつを持って行って一緒に食べたらどうかしら?」


「そっか、おやつちょうだい、お母さん」


「はいはい。ちょうどジヘと一緒にその子の妹さんのところに行こうと思ってたのよ」



そうしてすぐに君と再会し、母の手作りのケーキのおかげで仲直りをすることができた。



「チャンミナ、本当に男の子なの?」


「まだ言ってる。ユノ、怒るよ」


チャンミンが豪快にケーキを頬張りながら答える。

たしかに…食べる姿は可憐でもなんでもない、ちゃんと男の子だった。


「どうしよう…」


「どうかしたの?」


「だって、決めたのに…」


「何を?」


「大人になったらチャンミナとケッコンするの」


「ケッ…コン?」


チャンミンが驚いてケーキを喉につまらせた。


「うわー、大丈夫?チャンミナしっかりして」


慌てて抱きかかえるようにして背中をさすると、チャンミンは冷たい目でその手を払いのけた。


「いてっ」


「僕、男の子だって言ったよね?」


「うん」


「じゃあ変なこと言わないで。ケーキで死にそうになったじゃない」


「でも…」


「でもじゃないよ」


「だって…」


「だってなに?」


「好きになっちゃったんだもの」


その途端にぽーっと音が出そうなくらい、君の顔が真っ赤になった。

あれ?怒ってまたほっぺをぶたれるかと思ったのに、君は赤くなって俯いてしまった。


これってもしかして…初めてのことだけどピンときたから、僕は君の腕を取って、

そっとその丸いほっぺにチュウをした。

お父さんやお母さんにするのとは違うチュウ。

可愛いチャンミンに大好きだって伝えるチュウ。


そうしたら君はほっぺを抑えてまんまるな目で僕を見つめる。


「ユノ、なにして…」


「チュウした」


「どうして?」


「だってしかたったんだもの。チャンミンが可愛くてたまんないからチュウしたの」


「おかしいよ。僕、男の子なのに」


「うん、それはわかったんだけど、したかたんだもん」


「おかしいよ…チュウなんて」


「イヤだった?」


「ほっぺだから…イヤじゃないけど、でもおかしいよ」


「イヤじゃないならよかった。もっとしていい?」


「ダメ」


「どうして?もっとしたいのに」


「ダメ」


「えーー、チャンミン、イヤじゃないならいいじゃん」


「ダメ…今度は僕が…するの」


「え?」


驚いて振り向くと、チャンミンがぎゅっと目をつぶって顔を近づけてきたから

ほっぺじゃなくてお口にチュウされちゃった。

びっくりして固まってる僕ともっと驚いて目がまんまるになってるチャンミン、

だけど、僕とチャンミンのお口はくっついたまま。

どうやって離したらいいかわかんないくらい、ピッタリ磁石みたくくっついちゃった。


それから僕たちはそっと唇を離すとどちらともなく手をつないで、しばらく俯いていた。

幼くてもこれがどういうことかはわかっていたから、2人とも真赤な顔で俯いていた。


「ねえ…」


「うん?」


「これってさぁ」


「言わないでよ。ユノが悪いんだよ。僕は目をつぶっていたんだもの」


「自分がするって言ったんじゃないか」


「僕はほっぺにするつもりだったのに」


「ほっぺならいいの?」


「よくないけど、ユノだけするなんてズルイもん」


「じゃあ、してよ」


「え?」


「僕だけしたらズルイんでしょ?チャンミンがほっぺにしてよ。それでおあいこ」


「うん…わかった。今度は動かないでよ」


「じっとしてるから、チャンミン、して?」


約束通りじっとしていると、君の柔らかい唇が僕のほっぺにくっついた。


「これでおあいこだね」


「うん。おあいこだ」


そうして僕たちは笑いあった。

やがて君と家族はまた都会に戻って行って、ちょっとした騒ぎを起こしたんだけど、

お互い頑張ってまた再会し、今こうして同じベッドで眠っている。


チャンミナ、あの頃から変わらないお前の柔らかい頬に唇を落とす。

あの日決めたことはまだ果たせていないけれど、

こうしてお前が腕の中にいてくれるから、これでいい。


あれから何度、この頬に、唇に、身体のあちこちに唇で触れただろう。
今はあんな可愛らしいチュウはできないし、

唇が触れてしまえば、それ以上を求めてしまうけど、

あの日のチュウが誓いの口づけだったのだと、お前は知っているだろうか。


背中に唇を這わせると、お前が目を覚ます。


「う…ん、博士?」


「まだ朝までもう少し寝ていなさい」


「でも…博士は?」


「一緒に寝るから。ほら、目を閉じて」


まだ半分眠ったままのお前は首に腕を巻きつけて、キスを待つけれど、

大人のキスはまたあとで。

今はそっと頬に唇を押しあてた。


fin.



(画像はお借りしました)






















【第44回ゆのみん企画:ほっぺにちゅー】 参加のみなさまはこちら ↓
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