今夜は満月だけど、僕はひとりで特にあてもなくただ歩いていた。
迷いがあるわけではなく、独りになりたかったわけでもなく、
ただ冬の夜の道を歩きたかったのだ。
月の光が明るくて、今夜は星がよく見えない。
マフラーで顔を半分隠してキャップをかぶれば誰も僕に気づかないから、
いつもと違って、顔を上げて夜空を眺めながら歩く。
ライトが眩しくてあなたの表情が見えないときの、
ほんの少しの不安に似ている。
目を見ればたいていは何を考えてるかわかるけど、
たまにあなたの瞳が透明過ぎて、何も見えないことがある。
すべてを知っていないとイヤだと言うほど子どもじゃない。
だけど、ときどき、あなたが透明過ぎて怖くなる。
あなたの瞳の奥深く、湖に映る月のようにあなたの気持ちがわかればいいのに。
漠然とした不安。
不満なわけじゃない。
やらなくてはいけないこともわかっている。
あなたも、僕も、このままではいられないことも。
そして、誰に何を言われようとも、あなたも僕も変わらない。
それだけは馬鹿みたいにずっと信じていられる。確信できる。
あなただけは信じられる。
だけど。
僕は一人湖に映る満月を眺める。
もっと強くなりたい。あなたの横にい続けるために。
もっと愛されたい。あなたが僕から離れられないように。
冬の月は好きだ。
ピンと張りつめたような空に浮かぶ月は、そこだけが白く温かい光を放つ。
僕はあなたにとってそんな真冬の満月でありたい。
どんなに心が寒くても、その光であなたを癒す月になりたい。
いつも力強く僕を引っ張ってくれるあなた。
最近は別々だけど、僕はちゃんとやれてるかな。
誰に認められるよりも、あなたによくやったと言われるのがうれしい。
いつも誰よりも厳しくて、だけど誰よりも甘やかしてくれるあなたの腕が少し恋しい。
風邪をひきやすいあなたが、僕の体温なしでちゃんと眠れているのか心配だ。
あなたを抱きしめて、僕の中で眠らせてあげたい。
あなたがどこにも行かないように、ずっと閉じ込めておきたい。
今よりももう少し幼かった僕らは、冬になると寒いからと手をつないで歩いたね。
あなたは僕の手を取って自分のポケットに入れて、優しく微笑んでくれた。
あなたに握られた手も、僕の心も、それだけで甘くしびれるんだ。
早く帰って温めてやるからというあなたの囁きで体が熱くなるんだ。
あの頃のことを思い出すと、ちょっと寂しくなる。
ずっと一緒にいられるって何の疑いもなく思っていたから。
寒い季節はあなたの体温が恋しくなるんだ。
あなたはどうかな。
こんな月の夜は、きっとあなたも空を見上げているはず。
性格は全く違う僕らだけど、こういうときは同じなんだ。
あなたも同じことを考えて寂しいって思ってくれるかな。
僕の手を握りたいって思ってくれるかな。
我ながら思考が女の子みたいだとおかしくなって、
センチメンタルな感情は振り払って家に帰ることにする。
こんな感情は誰にも知られたくないから、
そっと湖に沈めてしまおう。
きれいな満月に見守られながら。
ふと、人の気配に振り返ると、そこにはあなたが立っていた。
「ヒョン?なんで…」
「お前こそ…」
何て顔で僕を見つめるんだろう。
そんなに切ない顔で僕を見つめないで。
言ってはいけない言葉が口をついて出てしまいそうだから。
「バカだな。何て顔してるんだ」
あなたはつぶやくと、僕を抱きしめた。
「チャンミナ、俺はここにいるだろ?」
「ヒョン…」
この世でたったひとつ、僕がほしいものがここにある。
「体冷やすなよ。明日も仕事だろ?」
「はい。ヒョンこそ、風邪ひきやすいのに」
「お前がいるような気がしたんだ」
「どうして?」
「どうしてだろうな。よくわかんないけど、そう思ったらここに来てた」
「ヒョン」
「ああ、会いたかったよ」
「うん」
「帰るか」
「うん」
「家まで送るよ」
「いや」
「チャンミナ…?」
「送らないで。帰りたくなくなるから」
キスもしないで僕をこのまま帰すつもりなの?
僕はあなたといたいのに…。
あなたは僕の手を取ると、自分のコートのポケットに入れる。
「バカ言ってないで行くぞ。来るんだろ?家」
あなたは僕の返事も聞かずに僕を引っ張って歩いていく。
昔みたいに手をつないで、あなたのポケットで温められる右手から
あなたの気持ちが流れ込んでくるみたいだ。
満月があなたをここに連れてきてくれたかな?
僕はちょっぴり神様を信じてもいいと思った。
fin.
(画像はすべてお借りしています)