ヒョンに会えなくなって2ヶ月になろうとしてた頃だった。

ある日、父が深刻な顔で僕を呼んだ。


「チャンミナ、せっかく今の学校にも慣れてきたところだろうが、ソウルに戻ることになった」



僕は父が元の部署に戻ることと、僕の学校のことがすぐには繋がらなかった。

ソウルに戻るのなら、この家からでは不便なので、元の家に戻った方がいいのだ。

当然学校もソウルの家から郊外に通うのはなかなか大変だ。

それはつまりまた転校しなければならないということだった。



「少し考える時間をください」



僕は今まで父の言うことに逆らったことなどない。

ここに転校してきたのだって、今はまだ家族揃って暮らすべきだという父の考えに従ったからだ。

ソウルの進学校から、いくら古い伝統があると言っても郊外に転校するなど、

大学進学のことを考えれば、あり得ない話なのだ。



「お前の成績ならば、元の学校にまた編入させてもらえると思うが」



「いえ、もし可能ならば今のままこの学校に通いたいです」



「チャンミナ、一体どんな理由でそんなことを言うんだ?」



「僕、ここの古い建物がすごく気に入ってるんです。都会の学校と違って敷地も広いですし」


なかなか考えを曲げない僕に父は渋い顔をして考え込んでしまった。

このまま押し通せるかと思ったとき、父が言いにくそうに切り出した。


「父さんがソウルに戻るのは、ここの研究所が撤退するからなんだ」


「撤退って?」


「お前に仕事の話はしても仕方がないが、全く無関係とも言い切れないから言っておく。

 父さんの研究所と競合している会社があってね。チョングループの研究部門なんだが」


「チョングループ?それが僕とどう関係あるの?」


「お前の学校の生徒会長がそのチョングループの後継者と言われる人物なんだ。

 どうやら妾腹ということで今まで表に出ることはなかったんだが、最近は社長の右腕として

 いろいろと動くようになったらしい」


「生徒会長のチョン先輩…会ったこともないよ」


「今はそうかもしれないが、この先はどうだかわからん。できれば近づいてほしくないんだ。

 チョングループは少々強引なところがあるからお前が面倒に巻き込まれないか心配でな」


「理由はわかったけど、僕は生徒会とはまったくつながりはないし、

 そういうことなら絶対に近づかないよ。せめて今年いっぱいだけでもここにいたいんだ」


父とは何日も話し合った。

相変わらず父は僕がこの学校に残ることに反対していた。

父の研究所が撤退することになった経緯も詳しくは話してくれない。

それなのに、どうして僕が納得できるというのだろう。


たった1度しか逢っていない人。

名前も知らない人。

だけど恋しくてたまらない人。

もう一度ヒョンに逢うまでは、僕はこの学校を去るわけにはいかないんだ。

そうして僕は学生寮に入ることを決めた。


もう10月も終わりに近づいて、晩秋特有の物寂しい空気があたりを包んで

僕の心を一層不安にしていた。

ヒョンはどうしてここに来ないのだろう。

また逢ったら、たしかに彼はそう言った。

あのとき、すぐには逢えないけどきっとまた逢おうという約束なのだと思ったのに、

あれからずっと僕はここに来ているけれど、一度も逢えていない。


ヒョン、もう僕には逢いたくないの?

それならどうしてあのとき僕にキスをしたの?


考えれば考えるほど、ヒョンの気持ちがわからなくて涙が出そうだ。


教室や廊下のあちこちで相変わらずたくさんの人に声をかけられたり

視線を感じることがあったりするけれど、

ヒョンらしき人はどこにもいないのだ。


もうこのままずっと逢えないの?


両親がソウルに引っ越す日が近づいてくる。

そして、僕は約束通りこの学年が終わるまでは学生寮に入ることになる。

幸い寮には個室の空き部屋があり、僕は次の週末を利用して引っ越すことにした。

初めて両親の元を離れるのは不安もあるけれど、今では友達もできたし、

何よりもこれでヒョンに逢えるかもしれないと思えば楽しみでしかない。


引っ越しの準備もほぼできて、後は職員室と生徒会に届を出せばいい。

最後まで心配顔の良心をよそに、僕はうきうきと手続きをすませていった。


職員室で寮監の先生の話を聞いていたらすっかり遅くなってしまって、

生徒会室がもう閉まってしまっているのではないかと僕は慌てて飛び出した。

するとちょうど扉が開いて入ろうとした人と出会いがしらにぶつかってしまった。


「おい、気をつけたまえよ」


ぶつかった人ではなく、その後ろにいた人が僕を注意した。


「ごめんなさい。急いで行かなくてはいけなくて」


「急いでいるからって、きちんと挨拶もしないで出るのか。礼儀知らずだな」


謝ったのにその人はさらに僕を責め立てる。

イラついたようなその声に、穏やかな声が重なった。


「そんなに責めなくてもいいだろ」


僕がぶつかった方の人だ。


「君、急いでいても職員室を出る時はきちんと挨拶を忘れてはいけないよ」


「はい。すみませんでした。今後気をつけます」


「そうだね」


「では、失礼します」


一応、お辞儀をして出ていこうとすると、後ろの人が出していた足につまづいて転びそうになった。


「わっ」


そのまま転ぶと思ったその時、僕の腰を引きよせ支えてくれた力強い腕があった。

この腕の感触、そしてほのかな香りは…。


「ヒョン?」


僕は初めて顔を上げてその人の顔を見た。

髪はきちんと整えられていてメガネの奥に涼しい瞳、

何よりも制服を一分の隙もなく着こなす姿は僕の知っているヒョンではない。

でも、僕はこの腕を知っている。

そしてこの唇を…。


腕にしがみついて見つめる僕に無反応のその人は本当にヒョンではないのだろうか。

僕の本能はヒョンだと言っているのに。


「君、会長に向かって失礼だろ」


後ろにいた人が僕をその人から引き離しながら言った。


「会長?」


「君、ここの生徒のくせして生徒会長の顔も知らないのかい」


「だって僕、転校してまだ2カ月だから…ごめんなさい」


「ふん。よく覚えておくんだな。生徒会長のチョン・ユンホ先輩だ」


「チョン・ユンホ先輩…」


僕に視線もくれないその人の名前を呆然とつぶやいていた。




to be continued ...






(画像お借りしています)


月の明るい夜は君と手をつないで歩こう