夏の終わりに見かけた、まるで子猫のように無垢な瞳のお前。
まさかまた会うことがあるとは思わなかった。
あのときはただ迷い込んだだけかと思ったが、
この場所を探して来たようだった。
ここは一般の生徒は立ち入り禁止だ。
俺は実はその限りではないがお前にはまだ知らせない。
それでも、さすがに煙草はマズイので口止めのつもりで唇を奪った。
物慣れない感じがたまらなく可愛らしく感じて、揶揄うつもりがつい本気になった。
男に押し倒されて唇奪われるという異常事態なのに、お前ときたら抵抗もせず、
ただ不思議そうに目を丸くして俺を見つめていた。
驚き過ぎて動けなかったのかもしれないが、大人しくされるままのお前。
きっとまだ誰も知らない無垢な唇に何度も触れ、俺の熱を伝える。
まだ名前を教えないけれど、ヒョンと呼ばせてお前の特別になろう。
唇を重ねるたびにお前の体から緊張が抜けていき、先をねだるように首に手を回す。
「こら、誘うなよ」
「誘ってなんか…」
最後まで言わせずにまた唇を重ねる。
まだ慣れないお前を怖がらせないようにただ重ねるだけのキスを繰り返す。
唇が触れているだけなのに、触れるたびにお前の唇は甘く俺を惑わせる。
このままだともっと先を求めてしまいそうな気がする。
それは行けない気がして、体を起してやる。
2人してソファに腰掛けると、お前は意識しているのかいないのか、俺に寄りかかってきた。
何となく肩に手をまわして抱き寄せようとすると、お前が胸のあたりに顔をうずめる。
抱きついてくるのかと思ったらどうも煙草の匂いを確認しているようで、
俺は誤魔化すことができなかったことを悟った。
幼い顔だちをしていても、しっかりしているんだな。
お前が俺を癒してくれるなら煙草なんかいらないんだ。
元々好きで吸っていたわけではないし、ないとダメなわけでもない。
お前が嫌いだと言うならもう2度と吸わなくてもいい。
お前の甘い唇に比べれば煙草など…。
もう一度お前に約束のキスをする。
今度はお前もしっかり俺に抱きついて俺の唇を求めてる。
他には何もいらない、と思った。
不意にポケットの携帯がブルブルと振動した。
今日はここまでか。
チャンミンを帰すと、俺は身支度をしながらチャンミンとの秘密の場所を後にする。
髪を整え、制服をきちんと着直し、メガネをかけるともうさっきの俺とは別人になる。
廊下ですれ違ってもきっと気づかれないだろう。
さきほどまでの甘い気持ちを振り払うと、思い気分で携帯を取り出した。
「お待ちしてました」
気が進まないながらも俺の部屋がある別宅に戻ると、秘書が待ち構えていた。
学生ではあっても父の後継者となるべく秘書がつけられていた。
「今週は帰らない予定だったはずだ」
「お父様の指示です。明日のパーティには出席するようにとのことです」
お父様、とはいっても俺は父が外で産ませた婚外子だ。
父には戸籍上の実子がいるが女ばかりなのだ。
大企業の社長である父はいろいろなパーティに顔を出さなくてはいけないが、
妾腹の俺を伴うことは滅多にない。
利用価値がなければ呼ばれないのだ。
パーティに出るということは、いろいろな女たちの好奇の視線に晒されることに耐え、
最悪、誰かの相手をさせられるということだ。
目の前にいる俺の秘書を名乗る女も元は父の手付きだった。
今は俺のサポートをするという名目で外で遊ばないように監視している。
ガキの頃はそんな大人の思惑も気づかずに俺を支えすべてを捧げてくれる彼女に夢中になった。
まさか父にあてがわれた女だとは思わずに。
「こいよ」
もうこの女にひとかけらの情も持たない。
ただ、この熱を鎮めるための道具にすぎない。
俺もいつか父のような人間になってしまうのかもしれない。
彼女は束ねていた髪をほどくと、しっとりと俺の胸にしなだれかかってくる。
さっきまでの事務的な態度とは変わって冷たい恋人を責める女を演じる。
「最近はちっともこちらにいらっしゃらないのですね」
「誰も待っていないのに帰る意味はないだろう。あと1年はむこうの生活だ」
「社長がお呼びになれば帰るのに」
「ならその社長に抱いてもらえよ。俺はもうごめんだ」
そう言いながらも、俺は彼女を机の上に押し倒した。
to be continued ...