長いこと触れていた唇が、最後にチュッと音を立てて離れていく瞬間、

ちょっと寂しいと思ってしまった。

なんか胸の真ん中がギュって感じになった。

なんだろう、これ。

離れていく唇を見つめながら、僕は思わず胸を抑えた。


ヒョンが手を貸してくれて起き上がると、温室の中には古いソファがあって、

他にも小さな流しなどちょっとしたキッチンのようなところもあって

ちょっとした休憩所のようだ。

もしかして、この人がこっそり揃えていたのだろうか。


時々ここにきては、きっとこのソファに横になって眠っているのかもしれない。

簡易コンロが使えるかわからないけれど、ガスが通っているなら

お湯をわかしてお茶を飲んだり、ラーメンぐらいなら作れるかもしれない。

まるで秘密基地みたい、僕は思った。


目の前にはさっき会ったばかりの知らない人がいて、こんなに落ち着いているのが不思議だけど

ここに来てよかったのかな。


ヒョン、今日初めて会った人、そして初めてキスした人。

好きになったわけじゃないけど、なんか気になる人。

会ったその日にヒョンって呼ぶことになると思わなかったけど…。

それよりもあの場所に人がいると思わなかった。

その衝撃でいろいろなことを失念している気がしてきた。


そうだ、そもそも焦げ臭いと思ったんだった。

あの匂いってもしかして…まさかヒョン。


僕は慌てて彼に近づいて、匂いを嗅いでみる。

やっぱり…かすかに煙草の匂いがする。


「こら、やめろって」


ヒョンは慌てて僕の肩を押し戻すと、そこで僕の意図がわかって苦笑する。


「そっか、お前それで…大丈夫だよ、もうしない」


「ヒョン、だって匂いしたらわかっちゃう…」


「そんなヘマはしないから。お前以外誰も気づかないって」


ヒョンはそういって笑うと、徐に制服を脱いで軽くふると、スプレーをかけ、

証拠隠滅を始めた。


「ヒョン、髪の毛も」


「ああ、そうだな。お前よく気がつくな」


「だって煙草嫌いだから」


「そっか。お前が嫌いならもうしない」


「本当に?」


「ああ。ヒョンになったからお前の言うことはきくよ」


「じゃあ、約束して」


「約束…ね」


そう言うと、ヒョンは僕の腰を抱き寄せ、また唇を重ねた。

唇から伝わる体温が心地よくて僕はヒョンの背中に手をまわした。

言葉はいらない、そんな気がした。



to be continued ...




月の明るい夜は君と手をつないで歩こう