突然掛けられた声に驚いて振り向くと、そこには長身の男の人が立っていた。


「あの、僕…」


なんと言っていいかわからず黙り込んだ僕の顔を覗き込むとその人は微笑んだ。


「きみ、今度うちに転校してくる生徒だね。さっき職員室いたろ」


「はい。新学期からお世話になります。シム・チャンミンと申します」


「礼儀正しいね。驚かせてすまない。見かけない制服だから誰が迷い込んだかと思ってね」


「すみません。学校が始まる前に少し校内を見せていただいていました」


「そうか。ここは敷地も広いし古い建物も多いから珍しいだろ」


「はい。あまりにも広くて覚えられるか心配です」


「まあ、あせることはないよ。ゆっくり慣れていきなさい」


「はい、ありがとうございます」


「でもこの旧校舎のまわりは危険だから生徒は立ち入り禁止になっているんだ」


「わかりました。気をつけます」


「ああ。新学期になったらもうダメだぞ」


「はい。すみませんでした」


「いや、いいんだよ。何か不安なことがあったらいつでも聞きにくればいい」


「ありがとうございます。これからよろしくお願いします」


「ところできみは学生寮に入るのかい?」


「いいえ、今のところ自宅から通学できるので」


「そうか、それなら余計な心配だったね」


「え?あの、寮だと何かありますか?」


「いや、男ばっかりだからね、少々荒っぽい歓迎をされそうで心配になっただけだから」


「はい…」


「さあ、もう帰りなさい。新学期にまたな」


「はい、ありがとうございました」


僕は先生が何を言いたいのかわからないままだったけど、帰ることにした。

先生が校舎に消えるのを見送ると、正門へ向かうためあたりを見回した。


さっき気になった旧校舎をちらっと振り返る。

立ち入り禁止じゃあもうここには入れないんだ。

そう思うとなんだか少し残念な気がした。

初めてきた場所にこんなに心惹かれるなんておかしいけれど、

僕だって男だからちょっと危険な場所だって聞いたらますます興味がわいてくる。


どうする?シム・チャンミン。

僕はまだ今日までは半分部外者だ。

行くなら今でしょ。


きょろきょろと周りを見渡すと幸い誰もいないようだ。

夏休みだから人も少ないのだろう。

僕は旧校舎に足を踏み入れた。


もう使われなくなって何年たつのか…埃っぽいけれど、

歴史を感じる重厚な造りと木のぬくもりがそこにあった。

板張りの廊下はギシギシいってちょっと怖いけど、

僕はわくわくする気持ちを止められず、どんどん入っていった。

窓の向こうには小さな庭と古びた温室のような場所があるようだ。

そこまで行きたかったけれど、だいぶ陽が傾いてきたので

今日はここまでで帰ることにした。


ここ、入ってはいけないけれど、また来ようと思った。

僕は新しい学校にひとつ楽しみを見つけ、わくわくした気持ちのまま家に帰った。

忘れないうちに日記に書いておこう。


あまりに興奮していたのだろうか。

そのとき僕はまったく気がつかなかったのだ。

物陰から僕を見つめる視線に。



「ふーん。また子猫が迷い込んできたのか。面白い…」


その鋭い視線とつぶやきは僕には届かなかった。




to be continued ...





月の明るい夜は君と手をつないで歩こう