真夜中の誓い
(公演後、控室にて)
無言のふたり。
限られた時間、限られた空間で、自分たちができることはやった。
ファンは喜んでくれただろうか。
自分たちの思いは届いただろうか。
何も後悔することはない、はずだ。
小さなアクシデントはLIVEにはついてまわるもの。
もちろんない方がいいが、起こってしまったらどう収めるかの方が重要だ。
「ヒョン…」
チャンミンは控室に入ってふたりになった途端、笑顔を消して泣きそうな顔でユノに寄りそった。
「大丈夫だから、心配するな」
チャンミンの言いたいことなど、その表情を見ればすべてわかる。
フリップに失敗して転倒した自分の体を気遣っているのと、
自分が見ていなかったことを悔いる目だ。
「でも…」
ユノが転倒したとき、チャンミンはその現場を見ていなかった。
狭いステージの上が水で濡れていたのを拭いていたその一瞬に起きたことだ。
誰を責めても仕方がないが、こういうとき、ユノはすべての責任を自分で負う。
そこには厳しいリーダーの顔があり、チャンミンは従うしかないのだ。
頭を打っているので念のため応急処置をしてもらい、すぐにでも動きまわりそうなユノを座らせる。
スタッフたちも心配しているのでホントは何でもないところを見せたいが、
それよりも今はチャンミンの気持ちを優先させてやらないといけないことを悟ったから、
チャンミンに腕を引かれるまま、ソファに腰をおろす。
今日の公演は終わっても、また移動して2日後にはチリ公演が待っているのだ。
アメリカという土地で、今の自分たちの身の丈にあった場所なのだと思う。
だが、あまりにもいつもと違う場所でリハーサル時間もいつもより少なかった。
出来る準備を怠ったことは決してないが、チャンミンには納得のいかないことがいくつもあった。
だいたい、あの客席を歩かせる演出は誰が考えたんだ。
自分は最初ちゃんと反対したはずだ。
そうでなくともLIVE会場というのは独特の興奮に包まれた場所だ。
自分たちが、というよりも観客自身も危険なはずだ。
それをスタッフがガードをつけるし警備もいるから大丈夫だと押し切られた。
終わってみれば、非常に不愉快な思いを飲み込みつつ笑っていなければいけない苦痛で
叫び出したいくらいの怒りを感じていた。
ファンはありがたいものだが、こういうときは本当に恐ろしいと思う。
あちこちから無遠慮に伸びてくる無数の手にあちこち触られ、服を脱がされそうになったり、
抱きつかれたり、タックルされてマイクに歯をぶつけてしまったり、
とにかくよく怪我をしないですんだものだと思う。
そういう不満をユノはじっと聞いてくれる。
同意するのではなくじっとただ聞いてくれるだけだ。
チャンミンがすべて吐き出した後、静かに告げる。
これが俺たちの仕事だ、と。
チャンミンはわかっているのだ。
わかっていて、それでも言わずにいられないことがわかるからユノは黙って聞く。
そして、すべて飲み込め、と言うしかない。
自分がそう言えばチャンミンは飲み込むだろう。
可哀想だが仕方のないことだ。
チャンミンはわがままを言ってるわけではない。
時にはユノのために文句を言う。ユノが言えないことまで言う。
それがわかっている。ふたりともわかっているのだ。
「ヒョン、もうホテルに戻って安静にしていましょう」
「これくらい何ともないのに大袈裟だろう。手当もしたから」
「ダメです。今夜は様子をみないと。明日の出発まで何もなかったらご自由にどうぞ」
チャンミンが言いだしたら聞かないので、ユノはあきらめてホテルに戻ることにする。
ユノの調子がよかろうが悪かろうがチャンミンはいつも傍に寄りそっている。
当然のように一緒の部屋に入ると、ユノの世話をやく。
さらにチャンミンは心配だから一緒に寝ると言いだした。
「おい、冗談じゃないぞ。お前さっき今夜は安静にしてろって言ったろ」
「はい。言いました。心配だから付きそうだけですよ。夜中に何かあったら困るし」
「お前が一緒に寝てるのに安静になんてしてられるか」
「ヒョン、冗談言ってる場合じゃないですよ。頭打ったんだから大事にしないと」
「受け身取ったから頭から落ちたわけじゃないって言ったろ?」
「首も大事なんですよ。とにかく、今日はヒョンと寝ますから」
チャンミンは涼しい顔でさらっと恐ろしいことを言った。
「わかったよ。チャンミンの好きにしな」
口ではチャンミンに敵うわけがない。
ユノが背中を向けると、チャンミンがこつんと頭を預けてきた。
「ヒョン、お願いだから…」
「わかってる…ごめんな。俺が悪かった」
「そんな…ヒョンが悪いわけじゃないのにそんなふうに言わないで」
「いや、俺が悪い。お前を泣かせることだけはしたくないんだ、だから」
「…泣いてなんかいません」
「そうだな」
そう言うとユノは振り向いてチャンミンを腕の中に閉じ込めるように抱きしめる。
大人しく腕の中におさまったが、ユノが顔を上げさせようとするといやだとばかりに下を向いた。
それでも両頬を優しく包まれたら、その手に抗うことはできない。
「お前はいつでも我慢強いけれど本当は心で泣いてるだろ?大きな目がこんなに潤んで」
「ヒョン…」
チャンミンが目を閉じると、ユノはまぶたに唇を落とす。
閉じたまぶたからこぼれおちそうな涙を吸ってなんどもまぶたにキスをする。
できれば泣かせたくない。
それでもやっぱりまた泣かせてしまうことになるのだろうけれど、
そのたびにこうやってチャンミンの涙を吸ってやるのは自分なのだと思う。
チャンミンさえ傍にいてくれればどんな困難でも乗り越えられるのだ。
腕の中のこの世で一番愛しい存在は、この世で一番頼もしい相棒でもある。
すべては2人の夢のために、これからも最善を尽くそう。
チャンミンのこの瞳いっぱいの涙に誓って。
久しぶりに傍らにチャンミンのぬくもりがあり、公演後の疲労もあってユノはすぐに眠りに落ちた。
しばらくその寝顔を見つめていたが、寝息が規則正しく聞こえてきて、
チャンミンはやっと肩の力をぬくことができた。
今回は大事にいたらなくて本当によかった。
でもまだ完全に安心することはできない。
海外では思うように行かないことが多い。
ユノはまた危険な目にあうことがあるかもしれないけれど、
どんなときでも必ず横には自分がいて支えるのだ。
もうこれから絶対にユノから目を離さない。絶対に。
チャンミンは心の中でそう誓った。
そして、以前のようにユノの腕の中で丸くなると、静かに目を閉じた。
fin.
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いまさらですが、ロス公演後の2人です。(書きかけでほったらかしてました)
というわけで、近々問題のチリ公演も書く予定です。
ヴァンパイアもね、あともうちょっとでゴールです。
書くと決めたテーマはまだありますので、いろいろな形で書いてみたいです。
よろしかったらまたおつきあいくださいませ。
ゆのみん企画第22回「瞳いっぱいの涙」 参加者のみなさまは こちら