「言ってごらん。俺にどうしてほしいの?」
あなたの声は麻薬だ。
じわじわといつの間にか体中にしみ込んで細胞までも侵すのだ。
そうして身動きができなくなる。
どうしてほしいかなんて、わかってるくせに。
僕がほしいのは、電話越しなんかじゃない、直に僕の耳を侵すあなたの声。
「さびしいか?」
それなのに、急にまた優しい兄の声に戻るあなたはどこまでも意地悪だ。
「え?」
「俺がいなくてさびしい?」
「そんなわけないでしょう。家にいるんですよ、僕は」
さびしいなんて絶対に言うもんか。
僕があなたなしでいられないと思ったら大間違いだとばかりに
そっけなく返事をしたのに、あなたはいつも僕を惑わすんだ。
「でもいつも一緒にいる俺はいないだろ?俺はさびしいよ」
「ヒョン…」
「もうすぐそっちに戻るけどな。お土産買って帰るよ。何がいい?」
そんなものはいらない。
それよりも早く帰ってきて、強く抱きしめて、耳元で囁いて…。
「チャンドラ?」
無言の僕に心配そうな声でささやく。
名前で呼んでほしいのは僕の方なのに。
チャンドラなんて子どもみたいに呼ばないでほしいのに。
「もう知りません」
「何怒ってるんだ?お土産買ってあげるから」
「いりません」
「チャンドラー、頼むからご機嫌直して。ヒョンはお前が怒ると悲しいよ」
「怒ってなんかいませんって。ヒョンがふざけるからでしょう」
「ふざけてないのになぁ」
「ふざけてるじゃないですか。人の気も知らないで」
あくまでも兄貴面を通すつもりらしいあなたがちょっと憎らしくなる。
しかも困ってるふりをしているけれど、声が笑っている気がする。
さっきのドキドキを返してほしい。
僕がどれだけあなたに逢いたくてたまらないか、わからないの?
「お前の気持ち?知ってるよ」
切なくなって泣きそうな気持になったら、またあなたの声が優しく僕を包む。
「その部屋に一人でいるのはさびしいだろ?馬鹿だね、お前は。どうして待てないんだ?」
「だって…」
やっぱりあなたにはバレてしまうんだね。
家族と過ごす休日も大切だけれど、一日だって離れていたくないんだ。
だから僕は…一人の部屋は余計にさびしいってわかっていても
あなたと僕の2人だけの部屋にこうして戻ってきてしまった。
いつもは腹が立つくらい鈍いくせに、なんでこういうときはすべて悟られてしまうんだろう。
「お前は俺の気持ちがわからないの?」
「ヒョンの気持ちなんかわからないよ」
あなたの心が見えなくなるときがある。
今もそう。
僕の気持ちなんてとっくに見透かしてるくせに何も応えてくれないあなた。
わかってるくせに僕を試すの?
「いや、わかってるだろう?名前を呼んだら応えてやるよ。どうする?」
「どうしてそうなるんだよ」
「俺が聞きたいから」
「何を?」
「お前の声が俺の名前を呼ぶのを聞きたいんだよ。もう何日も聞いてない気がする」
ああ、同じ気持ちなんだね。
僕も聞きたいんだ。
あなたの声で僕の名前を呼んでほしいんだ。
他の人とは全く違う、あなただけの持つ声で呼ばれる僕の名前を。
お願いだよ。もうこれ以上は…。
「ヒョン…」
「ダメだよ。そうじゃないだろう?」
「ヒョン」
「ダメだって言っただろ?頑固なヤツだな。’ヒョン’には答えないよ」
「なんでだよ」
「だーかーらー、お前の声が聞きたいの。さっき言っただろ」
「ヒョンはここにいないのに、なんでヒョンの言うこと聞かなきゃならないんだよ。ふざけてばっかりのヒョンなんか」
「ヒョンなんか?」
突然囁くように低くなる声に、体が震える。
その声に縛られる。
言葉を飲み込む。
いくら頭にきたって、冗談でも嫌いだなんて言えない。
目の前にあなたがいるならケンカもできるけれど、
電話越しじゃホントの気持ちは伝えられないんだ。
「嫌いになった?」
黙りこくる僕にため息交じりのヒョンの声。
「別に」
素っ気なく答えるしかない。
これ以上口を開いたら自分が何を言い出すかわからないから。
寂しいって叫んでしまいそうだから。
今すぐ帰ってきて抱きしめてほしいって言ってしましそうだから。
「お前はもっと我儘になっていいんだよ。もう言葉を飲み込む必要はないんだ。
どんなお前でもオレの大事な弟に変わりはないんだから」
ヒョンの「弟」という言葉に絶望的な気持ちになる。
ダメだ。涙が出そうだ。
「弟、ですか。僕はあなたの弟になった覚えはないです」
「だってお前がヒョンって呼ぶから」
「年上なんだから当たり前じゃないですか」
「二人きりの時は名前で呼べって言ったよな」
「それは…」
「それは?お前、俺にヒョンになってほしいの?」
「僕は、あなたに…ヒョンになってほしいわけじゃない」
「それで?じゃあ俺はお前の何なの?」
「ヒョンは、あなたh、僕の…」
「俺はお前の何?うん?名前を呼んでくれよ」
「………ユノ」
to be continued ...