今夜は月も出ない静かすぎる夜。

漆黒の闇の中に心ごと吸い込まれてしまいそうな夜。

こんな夜にはあなたの腕の中にいたいのに、
いつもと違うのは傍らにいつもあるはずのぬくもりがないこと。
どうしても今あなたの声が聞きたくて、

何度も迷ったけど電話だけでもあなたと繋がりたいんだ。


「ヒョン?」


「うん?珍しいな。電話なんて…どうした?」


一人ぼっちのベッドの上であなたの声だけを追う。

耳に流れ込んでくるあなたの声はいつもと少し違う気がする。
電話越しというだけなのに、なんだか違う人みたいだ。


「別にどうもしないけど」


「どうもしないのに電話なんてしないだろ?チャンドラ?」


そうだ、彼の応えはいつもと同じなのに…。

いつも明るくて、いつも優しくて、時に残酷で。


「やめてよ、それ」


「それって、何?」


「なんでもない」


いつもこうだ。わかってるくせに…。
子供っぽいあだ名で呼んでほしくないんだ、今夜は。


「チャンドラ?ご機嫌ななめかぁ?」


「ヒョン…まさか飲んでる?酔ってますね」


「飲んでないってー。酔ってもいないよー」


陽気な声がすべて物語ってる。
自分がいないときに酒を飲むなんて、本当はすごくいやなんだ。
彼が故郷で友だちと楽しく酒を飲むなんて休みには当たり前のことだけど、
自分が傍にいられないのがすごく悔しいのだ。


「酔っ払いに限って酔ってないって言うものですよ。どれくらい飲んだんですか」


急に笑い出す彼。
一体何がおかしいというんだ。
人の気も知らないで…。


「チャンドラ?心配性のチャンドーラ。ははは、ヒョンは酔ってないよー」


「ヒョン、真面目に聞いてるんですよ。一体誰とどれくらい飲んだんですか」


「どれくらい飲んだか知りたいの?それとも俺が誰といたのか気になるの?」


急に真面目な声で囁くから、ドキドキしてしまう。
そのどっちもですよ。
そして、あなたがその人の前でどんな顔で笑っていたのかも、
あなたのことは何もかも知っていたいんですよ。
こんなこと言えるわけはないじゃないか。

心臓の音が聞こえてしまわないか心配なくらいだけど、

わざとぶっきらぼうに答える。


「ヒョン、どっちも別に聞きたくありません。とにかく飲み過ぎないようにしてください」


「なんだー。つまんないな。ヤキモチじゃないのかぁ。珍しく電話なんかよこすから何かと思ったのに」


「つまらなくて結構。休みは明日までですよ。また忙しくなるんですから」


本当はそんなことを言う必要なんてないのだ。
仕事に関しては決して妥協しない厳しいプロ意識の塊のような人だから。

それでも、あなたは僕がいないとダメだんだって思いたくて小言を言ってみる。


「心配してくれたのか?お前は本当に心配性だね」


茶化すわけでもなく、やさしい声で彼は言う。
仕事の話がしたいわけじゃない。ヒョン、僕は…。


「チャンドラ、お前今どこからかけてるの?」


「はい?家ですけど」


「家ってどっちの?」


「…実家です」


しまった。一瞬の間を悟られただろうか。
僕が実はもう宿舎に戻っているなんてあなたは気づくだろうか。

本当ならまだ1日は実家でゆっくりできるのに、あなたが恋しくて、あなたを感じたくて

こうして一人で部屋に戻ってしまった僕に、あなたは気づくだろうか。


「家族のみなさんは?」


「みんな自分の部屋ですよ。もう夜遅いですし、とっくに寝てるでしょう」


「ふーん。じゃあ誰も傍にいない?」


「いませんよ」


「だったらその堅苦しいの、やめろよ。二人きりだろ?」


「堅苦しいのって?」


二人きりと言われて体温が上がった気がする。
今いるのは二人きりで過ごすはずのベッドの上だから。
あなたにはわかってしまうのだろうか。


「それだよ。あとヒョンっていうのも。名前で呼んで?」


「ヒョン…」


「そうじゃないだろ?チャンドラ?」


ああ、まただ。
駆け引きなどできないはずの彼の掌の上で、彼の意のままな自分。


「無理ですって。電話なのに」


「誰も聞いてないのに?俺とお前と二人きりだろ」


「ヒョンこそ、それ、やめてよ」


「それって?」


「二人きりなのに子どもみたいに呼ばないでよ」


「どうしてほしい?」


ヒョンの声が急に低く、そして甘く僕の耳に流れこんできた。

甘いけれど、毒のように僕の心に体にしみ込んで支配するあなたの声が。


「言ってごらん。俺にどうしてほしいの?」



to be continued ...