continuation-divorceのブログ

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もうすぐ二女は1歳になる。
振り返って、育児にひとりで奮闘してきた色んな場面を思い出す。

思い出す度に、
「ああ、この時も夫は一人で遊んでいたんだ。」と思うと、怒りと決定的な孤独と、これからの生活を思って鬱々としてしまう。

二女が9カ月。川崎病を発症し、2週間の入院。
家族の完全看護が必要で、私は食事もトイレもままならず、10分でもいいから交代してほしかった。
夫は、毎晩遅くまで残業があり、保育園の迎えもできないから、と長女は実家に預けられていた。

退院後、クローゼットの中に見慣れない鞄。釣り具の道具だった。
夫は始めとぼけていたが、タイミングから二女の入院中に買ったものであることは明らかで、結局は認めた。
二女、長女、私と家族全員が必死で堪えている時、実家、義実家にも世話になって、なんとか乗り切ろうと頑張っていたとき、ひとり趣味の買い物をしていた。

その時間があったら、病院に寄ってほしかった。両親と初めて長期離れている長女に会いに行ってほしかった。

この時のことも、ばれなければ黙ったままだった。
夫は、嘘が通らない事がわかって諦めるまで、嘘を重ねる。

子どもが入院中でも、自分の遊びが最優先。



二女が6カ月。
長女の赤ちゃん返りが突然激しく現れた。
少しのことでぐずる、暴れる、大声で泣き叫び、手が付けられなくなった。
長女がぐずると二女も泣き始める。私は長女に対して、穏やかに話掛けてなだめてあげることができなかった。
イライラが募り、きつい口調で長女に怒ってしまう日々が続いた。

これは心理的虐待ではないか、とひとり泣きながら悩んでいた。

夫とは話す時間が取れなかった。夜遅く、残業から帰ってきた夫に話すのは気が引けた。

週末にタイミングを見つけて、状況を伝えてはいたが、相談はなかなかできなかった。

夫は話をするのも聞くのも得意ではなく、私が何かを話し始めると、急にキレたり理不尽な怒りをぶつけてくることがあるため、相談するのも大変気を使う。
そういった理由もあり、夫に本気の相談することはできなかった。

2週間近くそんな日が続き、精神的な限界を感じて、夫に泣きながら相談した。
カウンセリングに行っても良いか、と。

夫「それがいいと思うなら、行っても良いよ。
仕事で忙しくて、話を聞いてあげる時間が取れないから。」と。

あの時も、
時間はあったんだ。
スロットに行く時間は。
妻が涙を流しながら話しても、顔色ひとつ変えず、嘘をつき続けていた。
話を聞くために早く帰ってくることはなかった。



残業と言っていれば、遊んで帰ってきても手作りのご飯ができている。部屋は片付いていて、洗濯物は溜まってない。
子どもは寝ていて、何もしなくて良い。
下手に早く帰れば、家事育児をしなくてはいけない。
なんて自己中心的なんだろう。


本当に残業だと思ってたから、
長時間残業が当たり前の今の夫の職場、日本の慣習を恨んだ。
(国会議員のホームページに声を届けようかと思ったが、そんなことしなくて、本当に良かった。)

本当に残業だと思ってたから、
4月からの自分の職場復帰、仕事と家事育児の両立を本気で悩んだ。色んな人に相談したし、どうやって一人で家事育児の時間をやりくりしたらいいのか、本を読んだり、ネットで色々調べていた。


本当にこの1年間大変だった。必死だった。
心身ともボロボロになりながら、よく頑張ってきたと思う。

これから先、あの時も。あの時も。と、
二女の0歳時を思い出す度に、に夫の嘘と自分勝手な行動を思い出して、改めて憎しみを覚えるのだろう。

人生で一番大変なときに受けたこの仕打ちは、絶対に忘れられない。

夫の言うことは、これから先もずっと、心から信じることはできないだろう。

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