『Continental Circus』に憧れて [WGP、MotoGP 回顧録] 『ロードレースは知れば知るほど面白い。』 -3ページ目

『Continental Circus』に憧れて [WGP、MotoGP 回顧録] 『ロードレースは知れば知るほど面白い。』

WGP(世界ロードレース選手権)は、ヨーロッパ大陸を横断する姿から"Continental Circus"と呼ばれていました。"Continental Circus"という聞きなれない言葉に憧れた1980年から2000年代のWGP、MotoGPについて書き綴っていきます。

世界ロードレース選手権1977年、78年2年連続500ccクラスチャンピオン Barry Sheene選手です。

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そのBarry Sheeneさんに実際にお会い出来たのが、1987年鈴鹿で開催された世界選手権日本グランプリロードレースの前夜祭でした。
立食パーティー形式の前夜祭で、私たちは憧れのBarryさんを見つけました。
私たちは、Barryさんに近づいたものの、そのオーラ圧倒されて声をかける勇気を誰1人持っていませんでした。
私たち近くでBarryさんはスズキからホンダのマシンに’87年よりスイッチしたPierfrancesco Chili選手と談笑していました。
声をかける勇気もなく、どうするかと思っていた時、Pierfrancesco Chili選手が私たちに気づいて"ニコッ"と…たぶん、「俺のサインが欲しくて、彼らは緊張して声をかけられないのか」と思ったかも笑
ただ、ものすごく優しい笑顔に見えて…次の瞬間には「私たちはBarry Sheeneさんの熱烈なファンで、どうしても握手して欲しいんです。」みたいな内容を(実際には緊張し過ぎて何を言ったか覚えていませんが…)Pierfrancesco Chili選手に日本語と英単語、身振り手振りで懇願していました。
苦笑いしながら、Pierfrancesco Chili選手がBerryさんに私たちのことを話してくれている様子を直立不動でドキドキしながら見ていました。

Barryさんは、映画や写真と同じ笑顔で私たちを迎えてくれました。
本物のあの笑顔(≧▽≦) で☆
握手したBerryさんの手は想像していたレーシングライダーのゴツゴツした硬いものではなく、ものすごく柔らかくて暖かいものでした。
あの日から27年が経った今でもBerryさんの笑顔と暖かくて柔らかい手の印象が忘れられません。
緊張し過ぎて…と言うより憧れ過ぎていて誰ひとりサインをもらう勇気もありませんでした笑
Pierfrancesco Chili選手という頼もしい通訳(笑)が私たちの傍にいたのに…

今もサーキットでドナルドダックのレプリカヘルメットにゼッケン7番のマシンが走っているのを見ることがあります。
そのライディングにはスポーツマンシップを感じます。
そこにはノスタルジックな感傷はなく純粋にBarryさんへの憧れ尊敬が、そういう大人な雰囲気をまとわせるのだと思います。
プロフェッショナルなレーシングライダーとは古今東西、そういう存在だと思っています。

今実際にやると失格なりますが、Barryさんのように表彰台で、くわえ煙草でシャンパンを開けてみたいと思うことがあります…煙草全く吸わないのですが笑

“絵になる”ライダーが最近少なくなった気がしますが、皆さんはどう思いますか?