『Continental Circus』に憧れて [WGP、MotoGP 回顧録] 『ロードレースは知れば知るほど面白い。』 -2ページ目

『Continental Circus』に憧れて [WGP、MotoGP 回顧録] 『ロードレースは知れば知るほど面白い。』

WGP(世界ロードレース選手権)は、ヨーロッパ大陸を横断する姿から"Continental Circus"と呼ばれていました。"Continental Circus"という聞きなれない言葉に憧れた1980年から2000年代のWGP、MotoGPについて書き綴っていきます。

それぞれのスポーツには「力」があります。
ロードレースにしても阪神淡路大震災も東日本大震災も乗り越えて継続出来ました。
そして多くのレーシングライダーが、その瞬間に奇跡的なパフォーマンスを発揮し、次の世代にその「力」を繋いできました。
“Continentel Circus” という言葉は、世界ロードレース選手権においても死語となり、パドックも様変わりしました。
全日本ロードレースだけでなくエリア選手権、地方選手権のパドックも変わりました。
しかし、どれだけパドックの雰囲気が変わろうと、「競う」という意義が変化しようとモータースポーツの火を消すことなく継承していかなければなりません。

それでも、私たちが愛するロードレースは、スポーツの中では大変危険な分類に入るジャンルです。
実際に多くの犠牲の上に成り立っていることは否定出来ません。
モータースポーツの魅力を転倒、クラッシュという方がいますが、私はそうは思いません。
それでも避けては通れない現実を、どう受け止めてよいのかを迷う日もあります。

このBlogでは、その当時に現役のライダーを「選手」、引退しているライダーには「さん」を付けて書くようにしました。
また、お亡くなりになった方に「故」を付けることはありません。

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皆さまご存知の加藤大治郎選手ですが、今回のみ“大ちゃん”と呼ばせていただきます。
あの年、私は運良く事前テストから鈴鹿サーキットにいました。
テスト終了後にライダートークショーが行われ、「首が太くなった」ことと独特のオーラを感じました。
“今年は何か違う”という期待が生まれました。
そして、あの日も最終コーナーにいました。
赤旗、ドクターヘリと...そして翌日の決勝、目の前のレース展開を追いながら、やはり気持ちは大ちゃんのことを考えていました。
おそらく、その場にいた全ての人が...
レースが終わり、普段の生活に戻っても、ずっと気がかりでネットのニュースを毎日恐る恐る見て過ごしました。

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阿部典史選手こと“Norick” とは、あの事故の直前の全日本ロードレース岡山大会にて前日のライダーズミーティング終了後、少しだけプレス仲間と一緒に談笑したのが最後となりました。
本当にどうしょうもない話しをしてNorickと別れました。
私が憶えている最後の顔も、やっぱり屈託のないNorickの笑顔です。

私は、「昔のライダーは、こんなに凄かったんだぞ」「速かったんだぞ」...何て言うノスタルジックを語るつもりは、今もこれからもありません。
ただ、忘れてはいけないことであり、忘れたくないと思っている事を、このBlogに書き残すこととしています。
それが、今ロードレースが好きで好きでどうしょうもない方、これからロードレースを愛してくれる方に少しでも伝わり、次の新しい時代にバトンを繋いで欲しいからです。
今日も各地のサーキットではレースやイベントが開催され、多くのライダーが次に繋ごうと頑張っていると信じています。

大ちゃんやNorickだけでなく、福田照男さんや若井伸之さん、沼田憲保さん、永井康友さん...他にも多くのライダーの足跡を、これからの知恵に変えて、「力」として...永遠に!


最近、コメントをいただく機会が増えてきて、私自身Blogとどう向き合っていけば良いかを正直迷っています。
最近のモータースポーツ界には“何の想い”も“志し”もない人が増えている事も事実です。
それでも「違う」「そうじゃない」と悪あがきする事で、ビジネスとしてのロードレースがスポーツとしての本来の姿を取り戻すことを信じて、もう少し本Blogを続けていきたいと思います。

では、また次回(^^)