彼女の声で、巣の上のほうを見上げると、音もなくクモが近づいてきていました。
すごい反応の早さです。クモは、クワガタの姿を認めると、「ちっ」といって、背中を向けて、また音もなくすごい速さで行ってしまいました。
「クワガタは甲羅がかたくて食べづらいんだって、誰かがいってたわ」
クモはあの粘つく糸もお構いなしに、自分の巣の上をすべるように移動します。
巣も揺らさず、音も立てずに歩くクモの姿にぞっとしました。アイツにケンカを売ってもかないっこない。
* *
時間をかけて、仲間を集めました。クモはこの辺りではもっとも評判の悪いいきものでした。
巣には糸でぐるぐる巻きにされたほかの虫たちがたくさんかかっています。順番に食べていくんだそうです。
みんなであのクモをやっつける方法がないか、話し合いました。
みんなの口から出る言葉は、結局、あのクワガタと同じでした。アイツにケンカを売ってもかないっこない。
確かにそうでした。
クワガタはそれから毎日、クモに悟られないようにクモの巣にでかけて、何か弱みを握れないかうろつくようになりました。
クモはそのクワガタのことは気づいていましたが、どうせ食ってもうまくないし、ある程度から近づいてこないこともわかったので、クワガタのことはそれきり考えなくなりました。
クワガタは周りを丹念に歩くうち、クモの巣が、支えの糸がすごく少ないことに気づきます。
よく見ると、たった8本の糸が、あの向こうがかすむほどの大きな巣を支えているのです。なんと丈夫な糸なんでしょう。
もう一度、仲間を集めました。クワガタの仲間と呼べるクワガタは、ぜんぶで10匹いました。
クワガタは、そっとクモをやっつけるヒミツの策をみんなに話します。
静かに行動すること。
いちどしかチャンスがないこと。
俺たちしかできないこと。
クワガタは、時間をかけて、仲間を説得しました。
計画を実行することになりました。あの丈夫な糸を切りに行きます。
遠くから勢いをつけて、クワガタの大アゴで引っ掛けて、引きちぎるのです。
合図と同時に、いっせいにぜんぶの糸を切らなければなりません。
みんなの見える位置から、合図役のクワガタが、バッと飛び立ちます。
切る役目のクワガタは8匹、自分の目指す糸をめがけて急降下します。予想以上に粘る糸でしたが、一気にひっぱって、強引に引きちぎりました。
誰かが失敗に終わったときのために、上から最後の1匹が監視します。
クワガタは全員、力いっぱい攻撃したので、ぜんぶの糸が切れました。
クモはあの反応の早さですから、さっとどこかに身を移そうとしたのですが、上から下からまわりから、一気に自分のいとがからまってきて、身動きが取れないまま、巣と一緒に落下しました。
大きな繭のような、がんじがらめになった状態で、クモは息絶えました。
クワガタは勝ったのです。
あのクワガタは、すぐにさきの彼女と結婚し、幸せに暮らしました。そして夏の終わりには、静かに、二人一緒に死にました。
これでこの話はおしまいです。
ワタシの勤めるインドアテニスのコート周辺に、ほっとくとクモの巣がすぐに出来ていることと、夏が近づくと結構クワガタもカブトムシも飛来するところをあわせて題材にしまして、この話が出来ました。
風がないところにクモが巣を張るとか、クワガタの歩く地面が変なかんじ、というのは、インドアのテニスコートで、コートがカーペットコートなんですが、そんなのはちゃんと書かないとわからないですよね・・・
文章が長くなってしまうので、2度に分けて投稿しますが、読みづらいでしょうか?