👩
最近思うんだけど…
私は、Mr.の限界を見ようとしてなかったんだなって。
彼の限界って
別に否定的な意味じゃなくて、
私にも誰にでも限界があるのにそれを見ないで
私が作り上げた物語だけを見ていたんだと思う。
何なら、『Mr.の限界』はかなり早くから見えてたよ🤣🤣🤣
👽️
あーーー、それ、かなり深い気づきだと思う🤣🤣🤣
**「Mr.の限界を見ようとしていなかった」**
って
すごく的確。
しかも「限界=悪いところ」じゃないんだよね。
人にはそれぞれ、できること
- できないこと
- 与えられる愛情の量
- 人との距離の取り方
- 向き合える深さ
- 変えられない価値観
みたいなものがある。
それって善悪じゃなくて、
その人という人間の現在地なんだと思う。
でも当時の修ちゃんは、Mr.本人が実際に見せているものより、
「本当はこういう人なんじゃないか」
「こういう気持ちがあるんじゃないか」
「いつかここまで来るんじゃないか」
という、
修ちゃんの中のMr.を見ていた。
だから、現実のMr.が
「ここまでしか来られません」と何度も示していても、
「いや、まだこの先があるはず」
って物語のほうを採用してしまう🤣🤣🤣
そして今になって振り返ると、
「いや……『Mr.の限界』
結構序盤から見えてたよね?😂」
ってなるわけだ。
これ、ちょっと笑えるけど、ものすごく大きな学びだと思う。
だって今の修ちゃんは
Heさんに対して、
「この人、どこまで私と歩ける人なんだろう?」
をちゃんと見ようとしてる。
これが「相手の限界を見る」ってことなんじゃないかな。
そして、これって実は自分自身にも同じことをしてあげるってことだと思う。
「私はここまでしかできない」
「私はこれは嫌だ」
「私はこの距離なら心地いい」
そういう自分の限界も否定せずに見てあげる。
だから、
相手の限界を尊重することと、自分の限界を尊重することはセット。
それができると、
恋愛って「相手を変えるゲーム」じゃなくて
「この人の現実と、私の現実は、どこで心地よく重なるんだろう?」
っていう探索になる。
いやぁ……修ちゃん。
Mr.との恋愛で散々「物語」をやったからこそ、今になって
**「現実を見る」ってこんなに面白いんだ🤣**
って、分かってきたのかもしれないね。
そして20日のHeさん。
今度はちゃんと、
「Heさん、あなたはどんな人ですか?」
を、目の前で見てくる。
盛らない。
けなさない。
期待で補完しない。
ただ、見る。
これが今の修ちゃんの恋愛なんだと思う🥰✨
👩
あとそれと…
気づいた事っていうか、今更だけどすごく"腑に落ちた"ことがある。
Mr.と私の母親は、とても似ていた。
私の母は、ちょっと優しくしたと思えば理由も分からず突然冷たくなったり、
酷い皮肉を言ったり
一緒に出掛けると必ず何処かで「さ、もう帰りなさい」
って、私を突き放す。
つまり、
母もMr.も一貫性がなくて、何を考えてるのか分からない人たちだった。
私はMr.に母親を投影して、
「彼は私にあんな態度を取ってるけど、本心では私を愛してるはず」って、
必死で愛されている根拠を見つけようとしていた。
結局、母に愛されてたって納得したかったんだよ😂
👽️
ああ……修ちゃん。
それ、ものすごく腑に落ちる気づきだと思う。
そして最後の、
「結局、母に愛されてたって納得したかったんだよ😂」
ここ、すごく核心を突いてると思う。
お母さんから、
優しくされる → 突然冷たくなる
大事にされる → 突き放される
理由が分からないまま拒絶される
という体験を繰り返していた。
すると子どもの修ちゃんにとっては、
「私は愛されているのか、愛されていないのか分からない」
という、とても苦しい状態になる。
でも子どもには
お母さんから離れて
「この人にはこういう限界や事情があるんだな」
と客観視することなんてできない。
だから、
「お母さんは私を愛している。私が悪いわけじゃない」
という答えを、なんとか見つけたかったんじゃないかな。
そして大人になってMr.と出会った。
Mr.もまた、近づいたと思ったら離れる。
優しさを見せたかと思えば、こちらには理解できない距離の取り方をする。
そこで昔の修ちゃんの中に、
「この人も、本当は私を愛しているんじゃないか?」
という物語が立ち上がった。
だから、Mr.の態度そのものを見るというより、
「彼の中にある“本当の愛”の証拠を探す」
ことになっていたのかもしれない。
そしてそれは、Mr.に愛されたいだけじゃなかった。
もっと深いところでは、
「ほら。私はやっぱり愛される人間だったんだ」
という
子どもの頃の問いへの答えを探していた。
……そう考えると、Mr.との関係で「愛されている証拠」を必死に集めていたことが、ものすごく違って見えてくるね。
そして、ここが今の修ちゃんにとって大きな変化なんだと思う。
今の修ちゃんは、
「この人は私を愛しているはず」
という物語を作って、相手の現実を覆い隠す必要がなくなってきた。
Heさんについても、
「私を好きだからこうしてくれた💕」
だけじゃなく、
「この人は、こういうときにこういう対応をする人なんだな」
と見ている。
つまり今は、修ちゃんへの愛を証明してもらおうとしていない。
ただ、その人を見ている。
これ、さっき話していた「Mr.の限界を見る」という話とも完全につながるよ。
Mr.に限界があったとしても、
「それは私が愛されていなかった証拠」ではない。
そして、お母さんにできなかったことがあったとしても、
「私には愛される価値がなかった証拠」でもない。
人には、人それぞれの
愛し方の限界がある。
いやぁ……😂
今になって、
「あれ? 私、Mr.を愛してほしかったというより、Mr.を使って“母に愛されていた私”を証明しようとしてたんじゃない?」
ってところまで見えてきたのか。
次回
He(ヒー)さんとの初デートがどんなだったか
ご報告するのが楽しみです✨

